人も,後継者も,いつまでも,呉下の阿蒙にあらざるなり
この言葉は,日本資本主義の父ともいわれる渋沢栄一が,加島銀行を設立する前の広岡浅子に語った言葉です。
時は明治。資本主義の揺籃期。幕藩体制の崩壊,新政府の両替商の救済策も不十分という中,石炭の将来性に着目して,炭鉱経営に乗り出し,一応の成功をみた浅子に,渋沢栄一がこの言葉を贈り,浅子に銀行業を始めるよう,背中を押します。
渋沢栄一とは,日本資本主義の父とも尊称される,明治の日本経済界の大立て者。
私利を追わず,公益を図るのが我が使命だとして,財閥を作らず,論語を拠り所に道徳経済合一説を唱え,第一国立銀行(現みずほ銀行),第七十七国立銀行など多くの銀行,東京瓦斯、東京海上火災保険、王子製紙(現王子製紙・日本製紙)、田園都市(現東京急行電鉄)、秩父セメント(現太平洋セメント)、帝国ホテル、秩父鉄道、京阪電気鉄道、東京証券取引所、キリンビール、サッポロビール、東洋紡績、大日本製糖、明治製糖など、多くの企業の設立に関わり,その功績から,民間人では唯一の子爵の爵位を受けた人物(財閥を起こした人達は全員男爵止まり)です。
その渋沢栄一が,浅子に,「お金は、扱う人の器量の大きさにしたがって動く」と言ったのは,浅子が,人間的にも,経済人としても,器が大きいとみたからにほかなりませんが,器の大きい人物は,人を招き,世界を広げ,また,自然お金も集まり,事業を容易にし,そのことが更に,その器を大きくしていき,一段と高い位置にまで押し上げていくものだと思われます。
歴史上,燦然と光芒を放つ人物に,器の小さい人はいないと思われますが,歴史に名は残さなくとも,人生に,事業に,その人の属する世界に,成功を収めた人には,学ぶべき多くのことがあるように思われます。
人の器は,試練を受け,試練をくぐり抜けるごとに,大きくなるものであることは,アレキサンドル・デュマのいう,「苦しみよ!汝は決して悪いものではない!」という言葉の意味でもあると思われます。