地理は風土を生み出し,風土は人をつくる
人は,変わります。人は,成長します。人の評価は,棺(ひつぎ)を蓋(おお)いて事(こと)定まる,わけですから,人の,ある時点での姿を,その人のすべてとみると,間違いを犯します。
これは,中華の大陸は,魏・蜀・呉三国鼎立の時代の,呉国の武将,呂蒙にも見られます。
呂蒙は,武勇には秀でたものの,学問はサッパリダメという人物でした。
呉国の人は,呂蒙のことを,阿呆な呂蒙,という意味の阿蒙と呼んでいたのです。
ところが,呂蒙は,国主孫権より,学問の重要性を教えられ,俄然勉学に励みます。
その結果,知謀の臣である,大都督の魯粛をして,「士別れて三日会わずんば、刮目して見るべし」と言わせたほどの,学問,教養の深さをもった人間に育ったのです。
なお,余談ながら,呂蒙は,三国志で有名な関羽を敗死させたことから,人気はイマイチですが,その時代の呉国では,赤壁の戦いで勝利した周瑜,周瑜亡き後の呉を支えた魯粛に次ぐ,3番目(あるいは陸孫に次ぐ4番目)の英傑とされている人物です。
学問に限らず,世間を知るだけでも,人の蒙は開かれます。
ある作家は,人の人格は,生得のもの,生まれ育ち,学問,経験などという要素によって形づくられる,といい,19世紀の文豪アレクサンドル・デュマは,苦しみや不幸な経験が,人に智恵(哲学)を与える,とも語っていますので,昨日のコラムで書いた,范蠡の長男も,次男を死亡させたという苦しみや不幸を糧に,「士別れて三日会わずんば、刮目して見るべし」といえるほどの大変化を遂げ,その後,大いなる成長をしたかしれません。
司馬遷も,范蠡については,詳細な記録を残していますが,長男については,青史には残していません。
なお,生きている期間は,短いようでも長い。この長い間に,人間は確実に成長するという実感が,実は,私自身にもあるのです。我が身に起こった経験ですが,明日のコラムに書いてみたいと思います。