遺産分割⑬ 持戻し計算がなされる特別受益の範囲
1 被相続人が残した遺言書は,遺言書を書く能力のない時に書いたもので無効という問題
遺言書が,全遺産について,分割の必要がないほどの書き方がされている場合は,通常,遺産分割の必要は生じませんが,遺言書が,遺産の全部又は一部について,未分割の状態にしている内容である場合は,未分割の遺産を対象に,遺産分割の必要が生じます。
そのような遺言書であるため,未分割の遺産について遺産分割協議や調停を始めたところ,一部の相続人から,当該遺言書は,それを作成した被相続人の能力が,遺言書を書けるほどの能力(遺言能力)でなかったとして,遺言無効の主張がなされることがあります。
しかしながら,この主張は,本来訴訟(遺言無効確認訴訟)で解決すべきもので,遺産分割の場で,取り上げる問題ではありません。裁判所も,その問題は,取り上げません。
遺産分割の審判では,遺言が有効とか,無効とかいう判断を,裁判所には許されていないからです。
このような遺言能力のない者の遺言書であるとの疑いを持つ相続人は,自ら原告となって,訴訟を起こし,争うほかに方法はないのです。
2 遺言の解釈の問題
遺言書に書かれた趣旨が不明であるという主張がなされ,紛争になる場合もありますが,このような争いも,本来訴訟で解決すべきことですから,遺産分割の対象にはなりません。
3 遺言書に書かれた内容と異なる遺産分割を求める問題
例えば,ある特定の財産である「A宅地を,妻と長男に各1/2の割合で相続させる。」と書いただけで,その他の遺産については取得者を指定していない遺言書の場合は,A宅地以外の遺産については,遺産分割の必要が生じますが,その遺産分割の席で,妻又は長男から,A宅地も遺産分割の対象にしてほしいと要求される場合があります。
しかしながら,特定の財産を,特定の相続人に「相続させる」と書いた遺言書は,特段の事情がない限り,遺産の分割の方法を定めた遺言書とされ,裁判所は,それに反する遺産分割の審判をことはできません(最判平3.4.19)ので,そのような遺産分割はできません。
その財産(A宅地)の分割は,その財産(A宅地)に絞って,共有物分割の手続ですることになります。
なお,このような「相続させる」遺言書で,妻と長男が共有取得をした財産を分割すると,これは共有物分割ですから,遺産分割の場合なら,相続税しか生じないところ,相続税に加えて,売買や交換や贈与に伴う,譲渡所得税や贈与税に対象になる場合も出てきます。
4 遺産分割を有利にするための戦術として,遺言書の効果を問題にする相続人について,
遺言書の有効性を争わないから,遺産分割による財産の取得面で有利にしてほしいという相続人が出るケースもあり,その相続人の希望が入れられた遺産分割が成立すると,遺言書の有効・無効問題まで解決できますので,結構な話ではあるのですが,しかしながら,これはもはや遺産分割ではなく,一種の和解です。この和解のために使われる時間は,和解が成立しない場合,全くもって無駄な時間になり,その間の労力は徒労でしかありません。調停では,裁判所に喜ばれない話合いになります。