労働 減給処分における減給額の制限
1 不利益変更が許される場合の要件
最高裁判所第二小法廷平成9年2月28日判決は,労働者に不利益となる就業規則の変更であっても,変更後の「当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。」と判示し,就業規則の不利益変更であっても,許される場合のあることを,明示しているところですが,同判決は,更に,「右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。」と判示しています。
すなわち,判例は,変更後の就業規則の条項の合理性は,
⑴ 労働者が被る不利益の程度、
⑵ 使用者側の変更の必要性の内容・程度、
⑶ 変更後の就業規則の内容自体の相当性、
⑷ 代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、
⑸ 労働組合等との交渉の経緯、
⑹ 他の労働組合又は他の従業員の対応、
⑺ 同種事項に関する我が国社会における一般的状況等
を考慮要素として判断すべきであるというのです。
2 判例事件の背景
この最高裁判決事件は,高年齢者雇用安定法の改正により,定年を55歳から60歳に上げざるをえなくなった企業が,代償措置,緩和措置なくして,従業員の労働条件を,一方的に不利にする就業規則の変更をした事件で,就業規則の変更を有効とした判決です(代償措置や緩和措置がなかったことから,この就業規則の変更は無効だとする少数意見もありましたが。)。
3 この事件の労働者の不利益の程度
この事件においては,労働者(上告人)にどの程度の不利益があったかについて,同判決は,「55歳に達した後に上告人が得た年間賃金は54歳時のそれの63ないし67パーセントになり、上告人が従前の定年後在職制度の下で55歳から58歳までに得ることを期待することができた賃金合計額は、本件定年制の下で行われたのと同様のベースアップ等がされたという仮定をした場合、2870万9785円であるのに対し、本件定年制の下で55歳から58歳までの間に得た賃金合計額は1928万0133円であり、後者が942万9652円少なくなっている。」というほどの不利益を認定していますが,代償措置もないのに,この不利益変更を有効だと判示しているのです。
4 現在
なお,高年齢者雇用安定法は1971年(昭和46年)に制定された法律ですが,その後も改正され,直近では,2004年(平成16年)12月に,使用者に,2006年(平成18年)4月からは定年の引き上げや継続雇用制度の導入、定年制の廃止からいずれか1つを選んで,労働者に65歳まで働けるようにすべく,改正しています。
これを受けて,企業では,給与や退職金制度を見直し,結果において,労働者に不利益となる就業規則の変更を余儀なくされることもあると思われますが,その場合に,どの程度の不利益変更なら許されるかを,この判例は教えてくれるはずです。