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遺産分割⑨2 銀行が守秘義務を理由に顧客情報の開示を拒否できない場合

2015年2月18日

テーマ:相続相談

コラムカテゴリ:法律関連

最高裁判所平成19年12月11日決定は,
① 金融機関は,顧客との取引内容に関する情報や顧客との取引に関して得た顧客の信用にかかわる情報などの顧客情報につき,商慣習上又は契約上,当該顧客との関係において守秘義務を負い,その顧客情報をみだりに外部に漏らすことは許されない。
➁ しかしながら,金融機関が有する上記守秘義務は,上記の根拠に基づき個々の顧客との関係において認められるにすぎないものであるから,金融機関が民事訴訟において訴訟外の第三者として開示を求められた顧客情報について,当該顧客自身が当該民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合には,当該顧客は上記顧客情報につき金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず,金融機関は,訴訟手続において上記顧客情報を開示しても守秘義務には違反しないというべきである。
③ そうすると,金融機関は,訴訟手続上,顧客に対し守秘義務を負うことを理由として上記顧客情報の開示を拒否することはできず,同情報は,金融機関がこれにつき職業の秘密として保護に値する独自の利益を有する場合は別として,民訴法197条1項3号にいう職業の秘密として保護されないものというべきである。
と判示しました。

 なお,この決定で,官田原睦夫裁判官は,顧客情報と職業の秘密との関係について,次の補足意見を述べられております。

① 金融機関は,顧客との取引を通じて,取引内容に関する情報や取引に関連して顧客の様々な情報を取得する。
➁ これらの顧客情報は,おおむね次のように分類される。〔1〕取引情報(預金取引や貸付取引の明細,銀行取引約定書,金銭消費貸借契約書等),〔2〕取引に付随して金融機関が取引先より得た取引先の情報(決算書,附属明細書,担保権設定状況一覧表,事業計画書等),〔3〕取引過程で金融機関が得た取引先の関連情報(顧客の取引先の信用に関する情報,取引先役員の個人情報等),〔4〕顧客に対する金融機関内部での信用状況解析資料,第三者から入手した顧客の信用情報等。
③ このうち,〔1〕,〔2〕は,顧客自身も保持する情報であるが,〔3〕,〔4〕は金融機関独自の情報と言えるものである。
④ ところで,金融機関は,顧客との間で顧客情報について個別の守秘義務契約を締結していない場合であっても,契約上(黙示のものを含む。)又は商慣習あるいは信義則上,顧客情報につき一般的に守秘義務を負い,みだりにそれを外部に漏らすことは許されないと解されているが,・・・それは当該個々の顧客との関係での義務である。
⑤ 時として,金融機関が,顧客情報について全般的に守秘義務を負うとの見解が主張されることがあるが,それは個々の顧客との一般的な守秘義務の集積の結果,顧客情報について広く守秘義務を負う状態となっていることを表現したものにすぎないというべきである。その点で,民訴法197条1項2号に定める医師や弁護士等の職務上の守秘義務とは異なる。
⑥ そして,この顧客情報についての一般的な守秘義務は,上記のとおりみだりに外部に漏らすことを許さないとするものであるから,金融機関が法律上開示義務を負う場合のほか,その顧客情報を第三者に開示することが許容される正当な理由がある場合に,金融機関が第三者に顧客情報を開示することができることは言うまでもない。
⑦ その正当な理由としては,原則として,金融庁,その他の監督官庁の調査,税務調査,裁判所の命令等のほか,一定の法令上の根拠に基づいて開示が求められる場合を含むものというべきであり,金融機関がその命令や求めに応じても,金融機関は原則として顧客に対する上記の一般的な守秘義務違反の責任を問われることはないものというべきである。
⑧ また,この守秘義務は,上記のとおり個々の顧客との関係で認められるものであるから,当該顧客が自ら第三者に対して特定の顧客情報を開示している場合や,第三者に対して自ら所持している特定の顧客情報につき開示義務を負っている場合には,当該顧客は,特段の事由のない限り,その第三者との関係では,金融機関の当該顧客情報の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず,金融機関が当該情報をその第三者に開示しても,守秘義務違反の問題は生じないものというべきである。
⑨ したがって,民事訴訟手続において,顧客に対して裁判所より特定の顧客情報の提出が求められた場合に,当該顧客においてそれに応ずべきものであるときは,金融機関が裁判所の求めに応じて当該顧客情報を提出したとしても,特段の事情のない限り,守秘義務違反の問題は生じないものというべきである。
⑩ このような顧客情報としては,前記の〔1〕,〔2〕に分類される顧客情報が該当するといえる。本件で提出が求められている文書は,前記の〔1〕に分類される文書であるところ,法廷意見にて指摘しているとおり,相手方の顧客たるBが所持している場合には,同人は本案訴訟の当事者として,その文書提出命令の申立てを受けた際には,同人には,民訴法220条4号所定のいずれの事由も認められないところから,その提出義務を負う文書である。したがって,相手方が本件提出命令に応じても,上記の正当な理由の有無を問うまでもなく,守秘義務違反の問題は生じないというべきである。
⑪ 他方,金融機関に対して文書提出命令が申し立てられた対象文書が,上記の〔1〕,〔2〕に分類される文書であっても,当該顧客が訴訟当事者として提出義務を負う文書以外の文書や,対象文書の顧客情報が訴訟当事者以外の第三者に係るものである場合には,金融機関が顧客に対して負っている上記一般的な守秘義務との関係で,その提出命令に応じることが前記の正当な理由に当たるか否かが問題となる。また,上記の〔3〕,〔4〕に分類される文書は,金融機関が独自に集積した情報として金融機関自体に独自の秘密保持の利益が認められるものであるが,その点は別として,当該顧客情報に係る個々の顧客との間でも,前記の一般的な守秘義務の対象となる情報に該当するものである。
⑫ ところで,金融機関が顧客に対して守秘義務を負う顧客情報と金融機関に対する文書提出命令との関係について考えるに,文書提出命令は,公正な裁判を実現すべく一般義務として定められたものであるから,金融機関が文書提出命令に応じることは,原則として,当該顧客との一般的な守秘義務の関係では,前記の正当な理由に該当するということができ,金融機関がその命令に応じることをもって,当該顧客は,金融機関の守秘義務違反の責任を問うことはできないものというべきである。
⑬ 他方,金融機関が顧客情報につき文書提出命令を申し立てられた場合に,顧客との間の守秘義務を維持することが,金融機関の職業の秘密として保護するに値するときは,金融機関は,民訴法220条4号ハ,197条1項3号により,その文書提出命令の申立てを拒むことができる。金融機関が民訴法197条1項3号の職業上の秘密に該当するとしてその提出を拒むことができる顧客情報とは,当該顧客情報が金融機関によってその内容が公開されると,当該顧客との信頼関係に重大な影響を与え,又,そのため顧客がその後の取引を中止するに至るおそれが大きい等,その公開により金融機関としての業務の遂行が困難となり,金融機関自体にとってその秘密を保持すべき重大な利益がある場合であると解される(最高裁平成12年3月10日決定参照)。当該顧客情報が上記の意味での職業の秘密に該るか否かは,当該事案ごとに守秘義務の対象たる秘密の種類,性質,内容及び秘密保持の必要性,並びに法廷に証拠として提出された場合の金融機関の業務への影響の性質,程度と,当該文書が裁判手続に証拠として提出されることによる実体的真実の解明の必要性との比較衡量により決せられるものである。
⑭ ところで,金融機関は,顧客との守秘義務契約上,第三者から文書提出命令の申立てがなされた場合に,その契約上の守秘義務に基づき,当該文書が職業上の秘密に該り,文書提出命令の申立てには応じられない旨申し立てるべき義務を負う場合がある。例えば,金融機関が,M&Aに係る融資の申込みを受ける際に顧客との間で守秘義務契約を締結した上で提出を受けたM&Aの契約書案等の顧客情報を有しており,これにつき文書提出命令の申立てを受けた場合等には,当該金融機関は,同守秘義務契約に基づいて,当該情報が職業上の秘密に該ることを主張すべき契約上の義務があるというべきである。また,文書提出命令の申立てを受けた顧客情報に係る文書が,前記の一般的な守秘義務の範囲にとどまる文書であっても,当該文書が当該顧客において提出を拒絶することができるものであることが,金融機関において容易に認識し得るような文書である場合には,金融機関は,当該守秘義務に基づき,上記顧客情報が職業上の秘密に該ることを主張すべき義務が存するものというべきである。
⑮ 金融機関が上記義務が存するにもかかわらず,その主張をすることなく文書提出命令に応じて対象文書を提出した場合には,金融機関は,当該顧客に対して,債務不履行による責任を負うことがあり得るものというべきである。他方,金融機関がかかる主張をなしたにもかかわらず,裁判所がその主張を踏まえて検討した上で,なおその顧客情報が職業上の秘密に該らないとして文書提出命令を発したときは,金融機関は,それに応じる義務があり,またそれに応じたことによって,顧客から守秘義務違反の責任を問われることはないものというべきである。
⑯ 金融機関が保持する顧客情報が職業の秘密に該当するものか否かは,上記のとおり,個々の事案ごとに個別に検討されるべき事柄であるが,金融機関が顧客との間の守秘義務の存在をもって,職業の秘密に該ると主張し得る情報としては,上記の特別の守秘義務契約を交わしている顧客情報や当該顧客自身において提出拒絶することが明らかな顧客情報のほか,前記分類の中では,〔2〕に分類される情報のうちの,開発中の技術情報や当該顧客のM&Aや経営戦略に係る情報等,秘匿性の高いと一般に認められる情報,〔3〕,〔4〕に分類されるもののうちの一部が含まれると考えられる。もっとも,〔4〕に分類されるものは,顧客情報であるとともに,当該金融機関独自の観点からの職業上の秘密が問題となり得る情報とも言えるが,その点はここでの意見の枠外の事柄である。
 以上,述べたところは,法廷意見に対する補足意見としての枠を超えるものであるが,金融機関の保持する顧客情報と文書提出命令の関係について,原決定が論及していることを踏まえて,私の意見を敷衍したものである。

この記事を書いたプロ

菊池捷男

法律相談で悩み解決に導くプロ

菊池捷男(弁護士法人菊池綜合法律事務所)

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