契約書知識 16 契約書の表記は公用文表記法による
【想定事例①】
ショッピングセンター経営者乙から、土地の所有者である甲に対し、次のような提案がなされました。
①甲がショッピングセンターの建物を建築し、乙に賃貸する。
②その建物は甲が建築業者丙に請け負わせるが、建物の構造や仕様は乙と丙とで協議して決める。
③乙は、丙が建物を建築することについて、甲に対し、全責任を負う。
というものでした。甲は、万一のことがあっても乙が責任をとってくれると思い、①から③までの合意事項を書面にして契約を結びました。
①及び②の契約内容は、実務上よくみられる契約の形態です。
③の約束は、あまり例をみませんが、あってもおかしくはありません。
【質問】
このような契約が結ばれた後、甲は、丙に建物の建築を請け負わせて完成してもらったのですが、その建物に建物を取り壊さざるを得ないほどの瑕疵があり、甲に多額の損害が発生しました。
この場合、甲は、前記③の約束を根拠に、乙に対し、損害賠償の請求ができるでしょうか?
【回答】
できないと思われます。
「乙は、丙が建物を建築することについて、甲に対し、全責任を負う。」という約束は、内容が不明確です。法令用語としての「責任」は、民法709条の「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」という規定から判断して、故意過失を意味する法令用語、又は、乙に故意過失がある場合の責任を意味しますので、乙が甲に対して「全責任を負う」と約束をしたからといって、乙に故意過失のない甲の損害についてまで、賠償義務を負うと約束したとは考えられません。
公刊物未搭載のものとして書籍に紹介されていた裁判例ですが、東地判平23.3.25は、同じような事件で、乙が甲に対し「全責任を負う」と約束した言葉の意味は、乙が建築業者である丙と種々の打合せをして、建物建築に関する乙の業務を行うというもので、丙の責任により甲に損害が生じた場合にその賠償をするという意味ではないと判示しました。
【正しい契約条項の書き方】
ですから、法令用語だからといって、意味を考えないで使うのも、また危険なことなのです。
もし、甲が乙に、丙のした建築工事の瑕疵についても責任を負わせたいのなら、③の約束を、「乙は、丙のする本件ショッピングセンター建築工事に関し、丙に甲に対する瑕疵担保責任、債務不履行責任等法的責任が生じたときは、丙の保証人になり、甲に対し、丙と連帯してその賠償の責めに任ずる。」という連帯保証の約束をしてもらうべきなのです。