建築 5 設計委託契約が結ばれていない場合でも設計料の請求ができる場合
東京地裁昭和61.4.25判決は、
土地の所有者甲が、あらかじめ建築確認を得ていた設計図に基づき分譲マンションを建築したいと考え、大手建設会社乙社に対し、「丸投げ」(一括外注)方式、すなわち、乙社が元請けとなって建築工事を請負い、乙社はその工事を別の会社に一括して下請けさせ、下請け代金は乙社が支払い、甲は、乙社が支払った下請代金に一定のマージンを上乗せして分割して支払うという方式で、建築請負契約を結ぶことを提案し、乙社の担当部長の同意を得、請負代金額、その支払方法、下請業者、下請代金の支払方法について合意し、契約書の作成の日取りや起工式の日取りなども取り決めた後、甲は、乙社の担当部長の指示に従い、設計図を修正し、土地上の古い建物の取壊し、宣伝用のパンフレットの作成をし、乙社の担当部長も出席してもらって起工式を行い、乙社において建築工事の作業場の建設、建設機械の手配をするなどして、工事の準備を整えていたが、乙社の本社において、この方式による甲との契約はできないと判断され、契約に至らなかった事例で、乙社に、契約締結上の過失責任を認め、甲に対し損害賠償をすることを命じました。
1「丸投げ」(一括外注)方式による建物建築請負契約とは?
これは、一種の立替工事契約です、この契約の元請業者は施主との間に請負契約を締結するが、実際の施工はすべて下請業者に任せ、工事には直接関与しない。元請業者は、その信用力に基づいて施主に対し一種の与信を与えるものであり、名義貸し若しくはこれに準ずる役務の提供又は与信の対価として、元請代金と下請代金の差額をいわばマージンの形で受け取る形式の請負契約です。
2 建築請負契約の成立は認められるか?
前記判決は「株式会社などの組織体においては、当該組織体が個人と同視されるような場合は別として、決済という方式により、権限の少ない者から順次権限の大きい者、最終的にはその組織体の最高責任者の承認を経て意志決定を行うことが通例であり、このことは、被告のようにいわゆる大企業(被告が一部上場の大手建設業者であることは、当裁判所に顕著な事実である。)においては例外がないものと思われる。また、被告のような大企業においては、契約を締結するに当たり、契約金額が少額とはいえない場合、書面(契約書)なくしてこれを行うことは通常有り得ないことと考えられる。・・・・・契約が成立しているとすれば、当然作成されていてしかるべき契約書の作成もなく、被告としては合意しなかったものというの外なく、結局のところ、・・・請負契約が成立していたとまでは認め難いものである」と判示しています。
2契約締結上の過失(不法行為)の内容
前記判決は「原告としては、その肩書から推認される同部長らの被告における地位、権限、それまでの交渉経過からしても、右合意どおりの内容で契約が締結されるものと期待し、契約が成立するものと確信して旧建物の取壊し、パンフレットの作成、起工式の挙行、作業場の建設、建設機械の手配などを行ったものと認められる。被告における契約締結の権限ある者との間において、その意向を尊重しつつ、約四か月にわたり話合を重ね、契約書を取り交わすという段階にまで契約締結の交渉が達している右のような場合において、原告が契約締結について右のように確信し、契約が成立するものとして行動することはいわば当然の成り行きと思われる。ところで、本件請負契約は、前記のとおり内藤営業部長らの判断の誤りにより、被告において契約の締結を拒否するにいたり、その後の折衝にもかかわらず、結局、契約の成立を見るに至らなかったものであるが、本件請負契約は、原告の債務整理のため立替工事として依頼されたもので、原告は債務を抱え、当面請負代金を支払う能力はなかったものであり、このように代金の支払について問題がある以上、被告において適当な担保の提供がない限り、契約の締結を拒否することは十分予想されたことであるから、担当者たる内藤営業部長らとしては、原告らと交渉するに当たり、事前に上司と相談するなどして、原告と契約を締結する上での問題点を検討し、それを原告らに十分説明して、もし契約成立の見込みがないのであれば、早期に交渉を打ち切るなどして、原告らに無用の期待、誤解を抱かせ、不測の損害を与えることのないようにする注意義務があったものというべきである。しかるに、同部長らは、その立場上、被告の取扱いを十分知っていたはずであるのに、判断を誤って、原告らと合意した内容で契約が成立するものとし、原告らと交渉を進め、原告らをして被告との間に契約が締結できるものとの誤った確信を抱かしめたものであるから、このように誤信させたことにも過失があり、同部長らは、右誤信により生じた原告の損害を賠償する責任がある。また、同部長らは、被告の業務担当者としてその職務執行中に原告をして右のように誤信させたものであるから、被告も同部長らの使用者として民法715条に基づき原告の右損害を賠償する責任がある。」と判示しました。
4 損害賠償額は、慰謝料
前記判決は、「原告は、前記認定のとおり、昭和○○年○○月ごろから翌○○年○月ごろまで営業部長らと交渉を重ね、本社の意向が示されて後も、同年○月ごろまで契約の成立を期待して、その意向に添うべく努力したものの、契約成立に至らなかったもので、この間およそ9か月余り、交渉のため何回も上京するなど奔走し、同年○月○日の営業部長らとの合意後は、当然に契約が成立するものとして、同部長らの指示するまま、旧建物の取壊し、パンフレットの作成、作業場の建設あるいは建設機械の手配を行うなどしていたもので、その期待が裏切られ、当初計画していたマンションの建築も変更を余儀なくされ、結果として、前記認定の事情から、被告との契約が成立した場合に比べ、有利とはいえない形でマンションの建築をせざるを得なくなり、相応の精神的苦痛を受けたことは推測するに難くない。これに、前記賃料の支払による損害の存することを考慮すると、右苦痛を慰謝するに足る慰謝料額は金150万円を下らないものと認めるのが相当である。」と判示しました