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建築 2 市長が結んだ建築請負仮契約の法的性質等

2013年1月28日

テーマ:建築

コラムカテゴリ:法律関連

静岡地裁沼津支部平成4.3.25判決
1 市長のする仮契約の法的性質について(一般論)
 地方公共団体が条例で定める契約を締結するためには議会の議決を得なければならないが(地方自治法第96条第1項第5号)、議会の議決を得るためには、契約の相手方、内容、金額等を具体的に特定したうえで契約議案を提出する必要があることから、実務慣行上、地方公共団体の長が、特定の相手方との間で、予め、本契約の内容となるべき事項を取り決め、議会の議決を得たときに当該事項を内容とする契約を締結する旨を合意しておくのが通例であり、この合意が、一般に、仮契約と呼ばれている。
 仮契約の趣旨、性格については、法令上特に定めがなく、それをどのように解すべきかは、第一次的には契約当事者の意思の解釈の問題であるが、右のような仮契約制度の目的にてらすと、通常は、議会の議決が得られることにより、当事者間に本契約を締結すべき債権債務が発生するが、議決の得られないことが確定すれば無効となる旨の、議決を停止条件とする本契約の予約であると解するのが相当である。
 これに対し、仮契約は議会の議決を停止条件または解除条件とする本契約であるとする反対説があるが、これでは議会の議決前に契約が成立することとなって、前記法条の趣旨に反することになるので、相当でない。
【参考判例 】
最高裁第3小法廷昭和35.5.24判決
 国が当事者となり、売買等の契約を競争入札の方法によつて締結する場合に落札者があつたときは、国および落札者は、互に相手方に対し契約を結ぶ義務を負うにいたるのであり、この段階では予約が成立したにとどまり本契約はいまだ成立せず、本契約は、契約書の作成によりはじめて成立すると解すべきである。


2 本件仮契約について
 本件仮契約の対象は、種類が工事の請負であり、その予定価額が金5億円の契約であって、地方自治法第96条第1項第5号、同法施行令第121条の2第1項、N市・・条例第○条により、市議会の議決を得なければならない契約に関するものであり、N市契約規則第○条に従い書面により締結されたものであるところ、前記のような通常の仮契約の場合と別個に解すべき事情は何ら見当たらず、また、本件仮契約の契約書においても、表題に「建設工事請負仮契約書」と、また、本文に「上記の請負工事について発注者N市長と請負人○△建設工事共同企業体とはN市議会の議決を得た後N市契約規則に基づく本契約を締結することを約し、仮契約を締結する。」と、それぞれ明記されているのであって、当事者の意思解釈上も、本件仮契約は、前記同様の趣旨、性格を有するものであると解するべきである。
 したがって、本件仮契約は、市議会の議決を停止条件とする、本件工事請負契約の予約である。

3 仮契約上の請負業者の地位
 ところで、仮契約の性格が条件付き予約であるからといって、仮契約の相手方の地位が法的に何ら保護されないと解することは許されず、相手方の仮契約上の利益、すなわち、議会の議決が得られれば本契約を締結できるという利益が民法第128条により保護されることはむしろ当然である。したがって、地方公共団体の議員や長による右利益の違法有責な侵害行為は不法行為を構成し、地方公共団体は相手方に対し、相手方が右利益の喪失により蒙った損害を賠償する責任があるといわなければならない。
 もっとも、議会の議決自体が停止条件となっている以上、議会が契約を否決すること自体が違法な侵害行為とならないこともまた当然であり、議会が契約を否決したとしても、地方公共団体は何らの責任も負わないのが原則である。ただ、例外的に、議会の否決行為そのものが違法で、かつ、議員に相手方の利益の侵害につき故意または過失が認められる場合や、長の違法な行為により議会の議決が得られず、かつ、長に同様の故意または過失が認められるような場合には、地方公共団体に不法行為責任が生じるものと解するべきである。

4 議会の議決の法的性質
 ところで、地方自治法第96条第1項第5号の議決の法的性質について検討すると、地方公共団体の契約の締結は、予算の執行行為であるから、本来的には執行機関である長の権限であるが(同法第149条第2号)、同法は、特に重要な契約の締結については、これを長のみに委ねず、議事機関である議会をその決定に参与させることとしたものであり、同法第96条第1項第5号の規定の文言が「契約を締結すること」となっていて、許可、承認や同意などと異なって議会が自ら決定する趣旨であると読めることからも、この議決は、どのような内容の契約を締結するかということについての地方公共団体の意思決定であると解すべきである。
したがって、原告は、原告企業体の一員として、市議会の議決が得られれば本件工事請負の本契約を締結できるという仮契約上の利益を有しており、これが、市議会の違法な契約否決あるいは市長の違法な行為により侵害され、かつ、議員ないしは市長に故意または過失がある場合には、被告は、原告に対し不法行為にもとづく損害賠償責任を負うことになる。

5議会には、審査権限を逸脱した違法があるか
 地方自治法第96条第1項第5号の定める契約締結の議決が地方公共団体の意思決定であることからすると、その契約を可決するか否決するかについての議会の審査権限は特に制約がないと考えるべきである。すなわち、法は、契約締結行為のうち特定の範囲のものに限っては、長ではなく議会の権限としたものであり、議会は自ら地方公共団体の意思を決するという立場から、自由に審査を行い得るものと解されるのであって、長の予算執行行為を議会が違法、不当な支出を抑制するとの立場のみから関与すべきとの論は狭きに失し採用できない。したがって、本件議決には、市議会がその審査権限を逸脱した違法はない。

6 では、裁量権の濫用による違法があるか
 一般に、地方公共団体が、ある契約を締結するか否かを決するにあたっては、ことの性質上、諸般の事情を幅広く考慮した上で、契約の必要性、相手方や対価その他契約内容の適否などについて、総合的な判断をすることが必要であり、前記のように、特定の範囲の契約については地方自治法によって議決を要する事件と定められて右判断が議会に委ねられている以上、議会には、地方公共団体の意思決定機関として広範な裁量判断の余地があるものと解すべきである。したがって、議会の契約に関する議決が違法となるのは、そのような議会の裁量権を前提にしてもなおその裁量の範囲を踰越または濫用して議決がなされた場合に限られる。
 これを本件について見ると、・・・本件議決は、一応、十分な調査を行っているものと認めてよいといえる。・・・市議会が原告に本件複合施設建築の適格性があるかないかを評価することは市議会の裁量判断事項であると解されるから、原告主張のように、本件議決が誤った事実認定にもとづいているということはできない。・・・その他、本件全証拠によっても、被告市議会が本件議決にあたりその裁量の範囲を踰越したとか裁量権を濫用したことを基礎づけるに足りる事情を認めることはできず、本件議決には裁量権の踰越または濫用の違法はない。
 したがって、本件議決が違法であるとはいえない。

この記事を書いたプロ

菊池捷男

法律相談で悩み解決に導くプロ

菊池捷男(弁護士法人菊池綜合法律事務所)

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