遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
1 遺産分割の方法の指定の意味
民法908条は「被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め・・・ることができる。」と規定しています。
「遺産の分割の方法を定める」とは、他の共同相続人と遺産分割の協議をしないで、その指定された相続財産が、被相続人の死亡と同時に、その指定された相続人のものになるという規定です。
2 「相続させる」旨の遺言
最高裁判所平成3.4.19判決は、「相続させる」趣旨の遺言は、“その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り”民法908条にいう遺産の分割の方法を定めた遺言であり、これと異なる遺産分割の協議さらには審判もなし得ないから、このような遺言にあっては、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時に直ちに、当該遺産が分割されて、当該相続人に相続により承継される、と判示しました。
3 遺産分割方法の指定の効果
⑴ 不動産の場合
ア 登記なくして第三者に対抗できる
最高裁平成14.6.10判決は、夫甲が、妻の乙に、不動産の権利一切を相続させるとの遺言を書いた後死亡したが、乙は夫名義の不動産につき自分名義に変えないでいたところ、別の相続人丙の債権者が、丙の相続分に対し強制執行をしてきた事案で、「特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は,特段の事情のない限り,何らの行為を要せずに,被相続人の死亡の時に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継される(最高裁平成3.4.19判決)。このように,「相続させる」趣旨の遺言による権利の移転は,法定相続分又は指定相続分の相続の場合と本質において異なるところはない。そして,法定相続分又は指定相続分の相続による不動産の権利の取得については,登記なくしてその権利を第三者に対抗することができる(最高裁昭和38.2.2判決、最高裁平成5.7.19判決)。したがって,本件において,被上告人は,本件遺言によって取得した不動産又は共有持分権を,登記なくして上告人らに対抗することができる。」と判示して、丙の債権者のした強制執行を認めないとした原審判決を支持しました。
イ 登記手続について
遺産分割の指定がなされますと、指定された財産が不動産の場合は、その相続人が単独で所有権移転登記手続をすることができます。相続人自ら登記手続ができますので、遺言執行者が遺言の執行として登記手続をする義務はありません(最高裁平成7.1.24判決)。しかしながら、相続人への所有権移転登記手続は重要なものになりますので、遺言執行者は、相続人への登記手続をする権限は有しています(最高裁平成11.12.6判決)。
ウ 訴訟の当事者は当該相続人
なお、不動産について遺産分割の方法の指定をしますと、被相続人の死亡により直ちにその不動産は指定された相続人の所有になりますので、その不動産に賃借権があると主張する者が賃借権確認訴訟を起こす場合は、遺言執行者ではなく、当該相続人を被告にすることになります(最高裁平成10.2.27判決)。
⑵ 預貯金の場合
ア 定額郵便貯金以外の預貯金
指定された財産が定額郵便貯金以外の預貯金であれば、直接金融機関に対し預金者としての権利行使ができます。
最高裁平成12.9.7判決は、 共同相続人の一人に対し定期預金債権を遺贈したときは、①その預金を遺産分割協議の対象とするか、②その相続人が遺贈の放棄をしない限り、対象となった定期預金は被相続人の死亡により直ちにその相続人に帰属しているので、その後、この定期預金を対象に含まない遺産分割協議が成立したからといって、右遺贈の効力を何ら左右するものではない、と判示しています。
イ 定額郵便貯金の場合
定額郵便貯金については、最高裁平成22.10.8判決は、政策的理由により可分債権にはならない、としています。これは本連載コラム「相続70」で解説したとおりです。
4 「相続させる」遺言により取得する財産が、法定相続分(割合)を超える場合
被相続人の遺言が、「長男甲にA宅地を相続させる」と書いてあれば、甲は、被相続人の死亡と同時にA宅地を取得しますが、A宅地が甲の法定相続分を超えている場合は、どう考えればよいのでしょうか?
それは、甲には、A宅地の全相続財産に対する割合、例えば全財産が1億円、A宅地が5000万円だとすると、5000万/1億つまりは1/2の割合に、法定相続分(例えば1/4)を修正する相続分の方法の指定があったと考えるのです(東京高裁昭和45.3.30判決、東京地裁平成1.2.27判決)。
この場合の「相続させる」旨の遺言は、“相続分の指定を伴う遺産分割の方法を定めた”ものになるのです。
5 「相続させる」旨の遺言が遺産分割の方法の指定ではないとされる場合
東京地裁平成4.9.22判決は、建物が建っている土地を短冊状に4つに分割して、それらを4人の子に1つずつ相続させる旨の遺言は、そのとおりにすると、4人の子の間に、建物の処置を巡る争いを含む紛争を生じさせる結果になるので、この遺言は、被相続人が、土地全体を4人の子で平等に分けて欲しいという意思を表したものでしかない、と判示し、遺産分割の方法の指定として認めませんでした。
「遺言の解釈」は、遺言者の合理的な考えを忖度してなされることになるのです。
6 遺言文例
⑴ 私は、長男甲にA宅地を相続させる。
⑵ 私は、妻に○○銀行にある預金のすべてと自宅を相続させる。
⑶ 私は△△証券に預けている投資信託の全部を長女に与える。
⑷ 私は、次女に、下記特許権を取得させる。