言葉6 言葉(ことば)を磨(みが)く
――映画『ハドソン川の奇跡』に見る、見事なセンス――
2009年1月15日、厳寒の日。チェズリー・サレンバーガー(通称サリー)機長は、ジェフリー・スカイルズ副操縦士と共に、いつもの業務として、ニューヨークから目的地へ向けて、飛行機を離陸させました。
しかし、離陸直後にバードストライク(鳥の群との衝突)に遭い、左右両翼のエンジンを損傷して飛行不能に。サリー機長は元の飛行場へ戻ることは不可能と判断し、飛行機をハドソン川に不時着水させました。
これにより、彼は、乗員・乗客155人の命を無事救ったのですが、国家運輸安全委員会はこのときのサリー機長の判断に疑問を持ち、公聴会を開きます。
公聴会の冒頭、公聴会議長は、コンピューターシュミレーションと人間による実験映像を見せます。そして、サリー機長がハードストライクに遭遇した時、直ちに元の飛行場に引き返していたら、無事に帰れたことは明らかだとして、サリー機長に対し、何を考えてハドソン川に不時着したのか分からないと言い放ったのです。
すると、サリー機長は、「コンピューターシュミレーションと、実際に飛行機を操縦する人間のすることとは違う。コンピューターシュミレーションは、バードストライクに遭うと直ちに元の飛行場に戻るという条件が設定されているが、われわれは、“航空史に前例のない低高度でエンジンが停止したとき、直ちに元の飛行場へ引き返せ”という指示は受けていない。私は、エンジンが停止するとすぐ補助動力の始動を開始した。しかし、補助動力は始動しなかった。そこで、私は、42年間の操縦歴によって得た学びを基に、元の飛行場に戻れるかを判断したが、推力の落ちた飛行機では到底それはできないと考え、ハドソン川に不時着したのである」と応えたのです。
そこで、公聴会議長は、サリー機長がしたであろう補助動力の始動などの時間として35秒をとり、バードストライクに遭遇した時から35秒経過して元の飛行場に戻る実験を、コンピューターシュミレーションにさせたところ、飛行機は元の飛行場に戻る前に地上に激突するという結果になりました。これには、公聴会議長も沈黙するほかなくなり、一転してサリー機長は155人の命を救った英雄と称(たた)えられることになったのです。
公聴会の最後の場面で、副議長格の女性がスカイルズ副操縦士に「あなたはサリー機長とは違う方法をとりますか? もし、また同じ状況になったら……」と質問すると、スカイルズ副操縦士は「はい。するなら寒くない7月に……」と答えたのです。実際に起きた事故は厳寒の1月。副操縦士は、その時期だけは避けたいと言ったのです。この当(とう)意(い)即(そく)妙(みょう)、軽(けい)妙(みょう)洒(しゃ)脱(だつ)な切り返しにより緊迫した公聴会の場は一度に和(なご)み、温かい笑いの渦をつくったのですから、これは見事なユーモアでした。これも言葉の力です。