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2020/10/08 帰納と演繹
「帰納(きのう)」と「演繹(えんえき)」という言葉がある。
帰納は、経験の中から法則を見いだすことであり、演繹とは、帰納の結果みいだした法則を、他の事例に当てはめる(適用する)ことをいう。
これを孫子の兵法で説明する。
①孫子の教えの一
孫子は言う。「十倍の兵力なら包囲し、五倍の兵力なら攻撃し、二倍の兵力なら分断し、互角の兵力なら勇戦し、劣勢の兵力ならば退却する。」と。
これは、経験で知り得た法則を表現した言葉である。すなわち、経験を帰納して得た経験則といいうるのだ。
この孫子の教えを、長篠の戦いに適用できるかどうかを試してみる。
武田勝頼からみて、この長篠の戦いは、絶対に負けられないものであったが、孫子の兵法に照らせば、勝てる戦いではなかった。
すなわち、武田軍は1万5000人、一方織田徳川連合軍は3万8000人。この人数では、孫子の教えの「劣勢の兵力ならば退却する。」に従い、勝頼は退却すべきであったことになる。
②孫子の教えの二
もっとも、孫子は言う。「算多きは勝ち、算少なきは勝たず。而るを況や算なきに於いてをや。」と。で、あるから勝頼軍に算多きものがあり、織田徳川連合軍の算を超えるものがあれば、勝つチャンスあったであろうが、勝頼率いる武田軍には算らしい算はなかった。したがって、この孫子の教えに照らしても、勝てない戦いであったのだ。
③孫子の教えの三
そのうえ、孫子の教えに「輔、隙あれば、則ち国必ず弱し。」(主君と主君を輔弼する家臣の間に隙間があると、国は必ず弱い)があり、勝頼の場合、長篠の戦いが始まる直前、山形昌景や馬場信春らの有力な家臣から、撤退を進言されたがこれを聞かなかったという事実があり、この事実は、孫子の教えの「輔、隙あれば、則ち国必ず弱し」に該当するのであるから、武田軍が勝つ理由は皆無だったのだ。
にもかかわらず、勝頼は、武田軍に織田徳川連合軍に突撃を命じ、完膚なきまでに破れた。その後、武田軍は、櫛の歯を引くように勢力を減衰させ、数年後、武田家は滅んだ。
ここからも、明らかなように、兵法の多くは、経験則を言葉にしたものである。
孫子が経験を帰納して発見した法則(孫子の兵法)もそれであり、この法則を、他の事例に適用しても(演繹しても)、正しく活きていることがわかるであろう。。
であるから、経験が教える法則(経験則)は、守るべき規範ということになる。
武田勝頼の例は、人は、法則に反する愚を犯してはならないことを、教えている。
ロータリアンも、人生において、特に仕事を通じて、多くの経験を積んできているはず。
したがって、そこから、多くの法則を発見しているはずである。
それを、言葉にすることも、ロータリアンの重要な仕事ではないだろうか。
経験から学んだ法則を,意味明瞭な言葉にする。これが私の言う七歩の詩のことである。