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コラム
2020/07/24 ある書家に教えられた多様性を考える視座
2020年7月24日 公開 / 2020年7月27日更新
2020/07/24 ある書家に教えら多様性を考える視座
多様性を受け入れるには、価値の基準に違いがあることに気づくことが最初の第一歩だ。
私は、このことを、当地区の地区大会での記念講演で教えられた。
講演されたのは、ダウン症のお子さんの母親で書家の方だ。
ダウン症のお子さんというのは、NHKの大河ドラマの題字を揮毫された方だ。
雄渾な筆致、これを天衣無縫というべきかのびやかな書体、気韻生動するに似たその風韻からは、その書家が知的障害者であるなど、想像もつかない。
そのような書家に、ダウン症のお子さんを、育てられた母親の、何十年かの苦労など、だれも想像もつかいないと思うが、講演で聴く彼女は、普通の母親だった。
愛しい子が、ダウン症に罹患していることを知ったときの絶望から、なんとかご自分と同じ書家として手に職をつけさすべく、心を鬼にしての教育。
何度も、何度も、お子さんは泣いた。母親も心で泣いた。しかし、母親は、厳しい鞭を捨てることはされなかった。
あるとき、この母親が、気がつかれたという。
ダウン症のお子さんが、不幸だと思っていた、母親の価値の基準が、娘にはないことを。
愕然とされたことだろう。
娘さんは、自分が不幸な生まれであるなどは、一度も考えたことも、感じたこともなかったのだ。
娘さん、いな、立派な芸術家となられたこの書家は、ご自分がダウン症であることも、ダウン症が不幸であるとの常識があることも、そして自分が不幸な知的障害者であることも、全く知らなかった。そして、おそらく今も。
だから、この娘さんは、何故母親が、娘さんに厳しく当たられたことが理解できなかったのだ。
その現実を知った母親は、娘さんに詫びられたという。
しかし、母親が、娘さんに詫びられたことも、その理由も、娘さんには理解できなかっただろう。
もっとも、娘さんには、そんなことを理解する必要もなかったであろうし、今も、その必要はないであろう。
だって、娘さんには、自分を愛してくれている母親が、そこにいると思うだけで、幸せなのだから。
この記念講演で語られた講師の言葉は、多様性を受け入れることの難しさと、それにもかかわらず多様性を受け入れる必要性を私たちに教えてくれたと思う。
ここから、私は、多様性を受け入れるには、価値の基準に違いがあることに、まず気づくことが最初の第一歩だと、思うに至ったのだ。
私は、このことを教えてくださったこの母親に感謝の意をお伝えしたい。
そして、これは余計なことだとは思うが、この母親に、あなたがこれまで悩まれたその分量だけ、娘さんには強い愛情になって伝わり、その愛情が、暗夜を照らす一条の光になって娘さんの胸奥深くを照らし、書家としての能力の鉱脈を見いださせ、それを引き出させたのではないかと想像する。
この私の想像をもお伝えしたいと思う。
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