ホールディングスのメリット・デメリット
「のう、後藤!取締役が善管注意義務に違反したとして損害賠償請求訴訟を起こされた場合、被告となった取締役からは、会社を経営する取締役には、ある程度のリスクを冒すことは許されているのだから、裁判所は、経営問題については、嘴(くちばし)を入れるべきではないという、いわゆる経営判断原則が、主張されることがあるだろう。
その経営判断原則という言葉は、どこから来たのかのう。」
「経営判断原則というのはなあ、アメリカの会社法でいうbusiness judgment ruleのことだ。我が国ではこれに関する規定はなく、最高裁判例においても、経営判断原則について定義したものはないのだが、一定の要件を満たせば、その主張が認められるという理解が一般だよ。」
「少し、詳しく教えてくれ。」
「アメリカ法でいう、経営判断原則(business judgment rule)とは、取締役の経営判断でしたことが、結果的に会社に損害をもたらす結果になったとしても、その判断が一定の要件の下に行われた場合には、取締役の責任を問うべきではないという原則をいうのだ。その要件については、アメリカ法律協会(ALI)が採択した「会社運営の原理―分析と勧告」によると、
①取締役が、その経営判断の対象になった行為に利害関係を有しないこと、
②取締役のくだした経営判断が、その時の状況下で、合理的かつ適切であると信じるだけの、知見を取締役が有していたこと(reasonably)、
③取締役がくだした経営判断が、会社の最善の利益に合致すると信じたことに何ら非難されるべき点はないこと(rationally)
の三要件を満たした場合は、取締役の責任を問題にできないという考えだ。」
「経営原則の法理が、アメリカで生まれた理由は何だ?」
「菊池よ。アメリカは訴訟社会だ。やたらと株主代表訴訟が多いのだ。その中にあって、誠実に会社経営をした取締役を守る必要があるだろう。そのために生まれた法理なんだ。」
「ところで、後藤よ。我が国においてだが、法律の規定もないのに、実際の裁判で、経営判断原則が認められたケースはあるのか?」
「そりゃあ、あるぞ。直近でも、東京高裁平成28年7月20日判決が、『業務提携として行われる株式の取得については,そのメリットの評価を含め,将来予測にわたる経営上の専門的判断に委ねられているものと解されるから,取締役において諸般の事情を総合考慮して決定することができ,その決定の過程,内容に著しく不合理な点がない限り,取締役としての善管注意義務に違反するものとの評価を受けることはないと解するのが相当である。』と判示しているのだ。」
「ふ~ん。ところで、後藤よ。取締役の義務をいう場合、善管注意義務(善良な管理者の注意義務)という言葉と、忠実義務という言葉があるよなあ。意味は同じだと思うが、この二つの義務の関係はどうなってるんだい。」
「歴史的に言うとなあ、善管注意義務はドイツ法から来た概念であり、忠実義務はアメリカ法から来た概念であってなあ、以前は、両者の違いについて、大いに議論されたことがあるが、今日では、忠実義務も広い意味の善管注意義務一部であることで落ち着いているので、この二つを別の義務だと考える必要はないよ。」