自治体がする契約 14 単年度主義と長期継続契約
1 H県が,80億円もの請求訴訟を起こされた結果
最高裁判所平成23年11月17日判決は,次のような理由から,H県には,信託銀行2行に対する80億円の支払義務がある,と判示しました。
① 地方自治法の改正により,普通財産である公有地の,信託制度が創設された後,自治事務次官から,各都道府県知事及び各指定都市市長に宛てて,公有地の信託契約を結ぶと,そのままでは,旧信託法36条2項本文により,費用は,自治体が負担することになることが注意されており,このことは,公有地の信託に関わる関係者の共通認識であり,H県もその例外ではなかったものというべきである。
筆者註ーこれにはなんぴとも異論を挟めないでしょう。
➁ したがって,本件信託契約において,同項本文の適用を排除しようとするのであれば,そのための交渉が重ねられてしかるべきところ,H県と信託銀行2行との間において,本件信託契約の締結に至るまでの間に,かかる交渉がもたれたことは全くうかがわれない。
筆者註ーこれからみると,H県には,信託事業が失敗し多額の損失を生じた場合の,危険負担については,委託者兼受益者である県が負担するのか,受託者である信託銀行が負担するのかという,最も重要な問題について,受託者側と,何ら話合おうとする意思がなかったことがみてとれます。これでは,当然,費用は,H県が負担することになる,ということを了解していたともとられましょう。
③ そして,本件契約書の契約文言には,受益者に対する費用補償請求権を定めた旧信託法36条2項本文の適用を排除する趣旨の文言はない。
筆者註ー H県と信託銀行間で,費用負担に関する約束は,「信託の終了時に借入金債務その他の債務(信託終了後支払を要する費用を含む。)が残存する場合には,H県と協議の上,これを処理する。」(信託契約書32条2項)というものでしたが,この契約条項では,旧信託法36条2項本文の適用を排除する趣旨の文言はないと言われてもやむを得ないものでしょう。
④ 加えて,本件信託契約締結後の事情をみても,本件信託事業は平成7年から収支が悪化し,平成13年11月20日にH県に提出された,信託銀行側作成の中期経営健全化計画においては,信託期間満了時に約81億円もの借入金が残存する予定である旨の記載がされており,H県と信託銀行側は,平成15年3月以降,本件信託事業に資金不足が生じた場合の処理方法について,協議を重ねるようになったが,その協議の過程において,H県が,信託銀行側に対し,自己の費用補償義務を否定するような態度を示したことはうかがわれず,かえって,H県は,複数回にわたって損失補償契約を締結してまで,信託銀行側の資金調達を支援してきたのであって,H県は,平成17年12月26日付け文書において,初めて自己の費用補償義務を明確に否定するに至ったというのである。
筆者註 ー H県が訴訟で主張することと矛盾する行動をとってきたことが,鋭く,最高裁判所判決では,指摘されています。
⑤ 以上の事情に照らすと,本件信託契約において,受益者に対する費用補償請求権を定めた旧信託法36条2項本文の適用を排除する旨の合意が成立していたとはいえないというべきである。
筆者註 ー この結論はやむを得ないものと思われます。
2 同判決での補足意見から
なお,同判決の一人の裁判官の補足意見として,
① 契約の解釈は,契約締結の前提とされていた了解事項,交渉の経緯,契約文言作成の経緯等を踏まえて,当事者意思を探求する作業であるところ,本件では,経緯において,公有地の信託にも旧信託法36条2項本文の適用があることが関係者の共通認識であることが認められる一方,同項本文の適用を排除する旨の交渉がもたれたことはうかがわれないというのである。
➁ そして,同項本文の適用を排除する旨の合意が成立しているというためには,本件契約書において,それが明瞭に表示されていることを要するというべきところ,そのような文言を有する条項は存在しないというほかない。
という見解がのべられています。