遺言執行者⑭遺留分減殺請求先に要注意
1,東京高等裁判所平成平成23年8月3日判決
同判決は、最高裁判所平成平成21年1月22日判決が,預金者の共同相続人は,一人でも,共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき,被相続人名義の預金口座についてその取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができると判示しましたが,それにも限界があることを,次のとおり,判示しています。
① 理論的な理由として,預金が解約された後で相続が開始した場合について,
「預金契約が解約されれば、銀行は、その後に元預金者のため金銭を保管し前記の各種の事務を行うことはなく、預金の増減とその原因等について正確に把握し、事務処理の適切さを判断する必要性は、確定した解約残高に至る過去の契約期間についてのみ存在するから、その後も元預金者の請求があれば、いつでも事務処理を報告しなければならない必要性があるとは言い難い。委任契約や準委任契約においても、契約終了後は、受任者に、遅滞なくその経過及び結果を報告すべき義務があるにとどまり、委任者が、引き続き、いつでも過去の委任事務の処理の状況の報告を求められるわけではない(民法645条、656条)。預金契約についても、銀行は、預金契約の解約後、元預金者に対し、遅滞なく、従前の取引経過及び解約の結果を報告すべき義務を負うと解することはできるが、その報告を完了した後も、過去の預金契約につき、預金契約締結中と同内容の取引経過開示義務を負い続けると解することはできない」と判示し,
② 信義則上の開示義務の存在があるとの相続人からの主張に対しては,
「仮に、銀行が、預金等契約が終了し、預金者に対する取引経過の報告を終えた後も、なお、信義則上、元預金者に対して取引経過開示義務を負う場合があるとしても、その義務は飽くまで元預金者の必要に応ずべき義務であって、元預金者の相続人の必要に応ずべき義務ではない。・・・共同相続人間の紛争解決やその紛争に伴う混乱の防止というような利益は、本来的には、預金等契約から離れた共同相続人という立場における利益であって、預金の増減とその原因等を把握し銀行の事務処理の適否を判断するという預金者が預金契約上有する利益とは性質を異にするものである。・・・被相続人が生前に預金契約を解約した場合、相続すべき預金はないから、相続人が預金の増減とその原因等を把握する主要な目的は、銀行の事務処理の適否を確認するというより、預金の増減に伴って生じた他の財産(例えば、預金からの出金により形成された他の相続財産や第三者に逸出した財産)の把握に帰着する可能性が極めて高い。実際、本件開示請求のうち、本件解約日振込取引及び本件資金移動取引に係る請求は、これらの取引により誰のどのような資産が形成されたかの開示を求める請求である。原告の求める本件全取引に係る開示請求は、口座も取引期間も特定せずに亡Aの全ての取引の開示を包括的、概括的に求める請求であり、これらの請求は、結局、亡Aと第1審被告との間の預金等取引の開示を通じて、亡Aの生前、本件総合口座以外に、どのような財産の増減があったのかを可能な限り把握しようとするものといわざるを得ない。」と開示目的の違いから,相続人の請求には理由がないことを指摘しています。
③ そして,銀行の負担にも配慮し、
「・・・預金等契約終了後の開示は、届出印や暗証番号、住所等による本人確認が困難・・・契約に基づく免責手段がない・・・開示に要する費用の負担を求める預金者が存在しない・・・共同相続人の一人からの開示請求については、相続関係の確認が必要であるため、負担は更に重くなる・・・口座も取引期間も特定せずに第1審被告における亡Aの過去の全ての取引の開示を包括的、概括的に求める請求・・・に応じるためには、その保管する全ての記録から、口座を特定せずに、亡A名義の全ての取引を確認する必要がある・・・被告には年間多数の預金等契約の解約があり、・・・これらについて、文書記録のほか3種類の電子記録を保有しているものの、文書記録の保存は10年間で過去の全ての取引を網羅するものではないこと、・・・旧コンピューターシステム上のデータをマイクロフィルム化した記録(電子記録1)を用いた作業は全て手作業となること、旧システム上に残された・・・データ及び現行システム上のデータについても、一定の手作業が必要となり、口座を特定しない検索は困難であること、・・・電子記録2及び3からの開示資料の作成に168分、電子記録1からの開示資料の作成に1630分を要し、人件費は12万円を超えると算定された・・・原告の上記各請求に応じるために強いられる事務負担は、預金等契約の終了後に信義則に基づいて負担するものとしてあまりにも過大なものといわざるを得ない。」と判示した上で、
④ 結論としては、総合評価で
「以上の事情を総合すると、仮に、銀行が、信義則上、預金等契約終了後、契約期間中の取引経過の開示に応ずべき義務を負う場合があるとしても、本件開示請求は、開示請求の目的からもその義務を超えるものというべきであり、仮に超えないとしても、第1審被告に著しく過大な負担を生じさせるものとして、権利の濫用というべきであるから、これを認めることはできない。」と結論づけています。
これは判例(最高裁判所判決)ではないため,最高裁がどのような判決をするかは興味が尽きないところです。