不動産 中間省略登記ができない理由
1 東京高裁平成12.12.27判決
同判決は,オフィスビルの賃貸借契約で,通常損耗の原状回復義務を認めました。
これによって,一般論として,オフィスビルの賃貸借契約の場合は,通常損耗分まで,賃借人には原状回復義務がある,かのような誤解が生まれましたが,そうではありません。
同判決は,賃貸借契約書の記載内容から,賃借人が,通常損耗分の原状回復まで約束したと認定したものです。むろん,約束をしなかった場合は,賃借人には,通常損耗については原状回復義務はありません。
同判決は,①賃貸借契約の対象になったのが新築のオフィスビルであったこと,➁下記(1)のような特約を結ぶ例があること,③本件の契約条項が下記(2)の内容であったこと,④旧建設省のガイドラインはオフィスビルに妥当しないと理解していることから,この件では,「賃貸物件である本件建物を『本契約締結時の原状に回復』することまで要求していることが明らかであるから、被控訴人らに対し、控訴人らから本件建物を賃借した時点における原状に回復する義務を課したものと解するのが相当である。」と判示したものです。
(1)特約を結ぶ例が多いこと
同判決は,
「一般に、オフィスビルの賃貸借においては、次の賃借人に賃貸する必要から、契約終了に際し、賃借人に賃貸物件のクロスや床板、照明器具などを取り替え、場合によっては天井を塗り替えることまでの原状回復義務を課する旨の特約が付される場合が多いことが認められる。オフィスビルの原状回復費用の額は、賃借人の建物の使用方法によっても異なり、損耗の状況によっては相当高額になることがあるが、使用方法によって異なる原状回復費用は賃借人の負担とするのが相当であることが、かかる特約がなされる理由である。もしそうしない場合には、右のような原状回復費用は自ずから賃料の額に反映し、賃料額の高騰につながるだけでなく、賃借人が入居している期間は専ら賃借人側の事情によって左右され、賃貸人においてこれを予測することは困難であるため、適正な原状回復費用をあらかじめ賃料に含めて徴収することは現実的には不可能であることから、原状回復費用を賃料に含めないで、賃借人が退去する際に賃借時と同等の状態にまで原状回復させる義務を負わせる旨の特約を定めることは、経済的にも合理性があると考えられる。」
と判示しているところです。
(2)原状回復に関する条項
この件では,原状回復に関して,賃貸借契約書では,次の条項があります。
・第8条「乙が本物件内を模様替すること、ならびに造作及び諸設備を新設・撤去・変更する場合、電話架設・電気・水道等の配線配管(中略)等すべて現状を変更する場合には、乙は(中略)、甲の書面による承諾を得た後、自己の負担によりこれをなすものとする」
・第11条第1項「本契約が終了するときは、乙(賃借人)は賃貸借期間終了までに第8条による造作その他を本契約締結時の原状に回復しなければならない。但し、甲(賃貸人)の書面による承諾があるときは、設置した造作その他を無償で残置し、本物件を甲に明け渡すことができる。」
・(第11条第5)「本条に定める原状回復のための費用(中略)の支払は第五条の保証金償却とは別途の負担とする。」
(3)旧通産省のガイドラインに関する考え方
ガイドライン,すなわち,平成5年3月9日各都道府県知事あての建設省建設経済局長・建設省住宅局長通達「賃貸住宅標準契約書について」で示された賃貸借契約の雛形である「賃貸住宅標準契約書」の第11条第1項には、「乙(賃借人)は、通常の使用に伴い生じた本物件の損耗を除き、本物件を原状回復しなければならない。」と規定されていますので,これによれば,通常損耗については,原状回復義務がないことは明らかです。
しかし,このガイドラインは,住宅の賃貸借契約における原状回復についてのガイドラインであり,オフィスビルについてのものではありません。
そこで,オフィスビルの場合でも,このガイドラインが妥当するのかが問題になりますが,同判決は,「右通達は、居住を目的とする民間賃貸住宅一般(社宅を除く)を対象とするものであり、右条項は、居住者である賃借人の保護を目的として定められたものであることが明らかであって、市場性原理と経済合理性の支配するオフィスビルの賃貸借に妥当するものとは考えられない。」と判示しております(この点に関しては,後出の東京地裁判決は反対説)。
2 問題 東京高裁平成12.12.27判決の内容は,一般論化しうるのか?
(1)最高裁平成17年12月16日判決
その後,最高裁判所は,平成17年12月16日判決で,明確な特約がない限り,賃借人が通常損耗についての原状回復義務を負うことはない旨判示しています。
この判決は,オフィスビルの賃貸借契約ではなく,住宅の賃貸借契約のケースですが,判示内容を見る限り,オフィスビルについても,妥当する判断になっていますので,東京高裁平成12.12.27判決の内容が,一般論化しているとはいえないものになっています。
(2)東京地裁平成25年3月28日判決
同判決は,「被告は,本件ガイドラインは本件賃貸借契約には適用されない旨主張し,同旨の裁判例(東京高等裁判所平成12年12月27日判決)が存在する旨指摘する。しかしながら,同裁判例は,賃貸借契約書に『本契約締結時の原状に回復しなければならない』と明記されていた事案についてのものであり,本件と事案を異にする。本件ガイドラインは,民間賃貸住宅の賃貸借契約を念頭に置いたものであるが,本件賃貸借契約における原状回復の内容として『借主の特別な使用方法に伴う変更・毀損・故障・損耗を修復し,貸室を原状に回復』する旨定めていることからすると,通常の使用をした場合の経年劣化に基づく損耗は原状回復義務に含まれないと定めたものと解され,これと同様の解釈に基づいて定められている本件ガイドラインの内容自体は,本件賃貸借契約(筆者注:オフィスビルの賃貸借契約)についても妥当するものであると認められる。」と判示していますので,オフィスビルの賃貸借契約の場合であっても,明確に通常損耗までの原状回復を約束しない限りは,その義務はないことが明らかです。
なお,この東京地裁判決は,ガイドラインは,オフィスビルの場合にも妥当すると判示しています。
3 結論
結論としては,明確な約束をすれば,賃借人に通常損耗についての原状回復義務を課すことはできますが,その約束は,最高裁平成17年12月16日判決基準では明確であることを要求していますので,その点があいまいであると,原則どおり,賃借人には,通常損耗についての原状回復はないことになります。