交通事故 23 後遺障害① 自賠責が認めなかった後遺障害を認めた裁判例
1 一物二価
交通事故による損害を「物」にたとえるのは気が引けるが、強いてこれを「物」と表現すると、交通事故による損害は、一物二価といってよいほどの違った評価額がつけられる。
裁判基準と、任意保険基準の違いである。
この間には、明らかな差があり、ときに、大きな差が生ずる場合がある。
その例として、拙著「弁護士菊池捷男の法律実務レポート1」8ページ以下、又は、菊池綜合法律事務所のホームページ「法律実務レポート」交通事故偏をご覧いただきたい。
2 最高裁判所の判決文の中の「裁判基準損害額」という表現
最判平24.2.20は、人身傷害保険は、被保険者に過失があるときでも,過失相殺前の「裁判基準損害額」が保障される保険であると明言した。
裁判でも、任意保険基準が、裁判基準より、明らかに低額になることを、公知の事実として認識しているものと思われる。
3 被害者の傷害による損害賠償額を120万円で打ち切る姿勢を見せた保険会社従業員
つい先日のことである。ある損害保険会社の示談交渉担当者が作成した、被害者あての損害賠償額明細表を見て、驚いた。
そこには、保険会社基準の損害額の明細が書かれ、合計が130万円あまりとなっていた。そして、その合計額の下の欄の左側欄に「減額」という文字が書かれ、その右の欄に10万円あまりの数字が書かれていた。
さらに、その下の欄に、支払額120万円と書かれていた。
要は、この示談担当者は、任意保険基準でも、130万円余りの損害賠償義務があることを認めながら、自賠責保険限度額を超える金額10万円余りを、減額すると書いた書面を、被害者に示して、総支払額を120万円とする示談案を提示したのである。
被害者が、これを受け入れると、示談金120万円は、その保険会社から支払われるが、その金額は全額、自賠責保険から回収できることになるので、任意保険会社は1円の負担もしないですむことになる。
私は、弁護士歴42年を超え、毎年、多くの交通事故損害賠償請求事件を扱っているが、今回のような、保険会社の担当者が、自ら認める損害賠償額を、根拠も示さず、自賠責限度額まで減額する示談案を提示した例を経験していなかった。
おそらく、この示談案の提示は、その担当者1人の勇み足だとは思われる。
仕事柄、私は、多くの、保険会社の上席の人とも、話し合うことが多いが、彼らが、保険会社の方針として、法的義務を認めた金額を、さらに減額しようとするとは思えない。