遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
1 損害賠償請求訴訟を提起できる2つの原因
損害賠償請求訴訟は、大きくは、
①不法行為を原因とする場合と
②契約違反(債務不履行)を原因とする場合に、できます。
①の不法行為による場合とは、
契約関係のない者の間で、一方の者が「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した」場合です。
この場合は「これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」(かっこ内は民法709条の条文)ことになります。
②の債務不履行の場合とは、
契約関係にある者の間で、「当事者の一方がその債務を履行しない場合」(民法541条)です。
これによって他方の者に損害を与えたときは、被害を受けた者は、相手方に対し「損害賠償の請求を妨げない。」(民法545条)ことになるのです。
2 不法行為による損害賠償請求訴訟の場合は、弁護士費用は損害になるとの最高裁判所判決
最高裁判所昭和44.2.27判決は、
① わが国の法律では、弁護士強制主義を採っていない。すなわち、訴訟追行は、本人が行なうか、弁護士を選任して行なうかは、本人の意思に任されている。
② 弁護士費用は訴訟費用に含まれていない。
③ しかし、訴訟は専門化され技術化され、一般の人が弁護士に委任しないで、訴訟活動を展開することはほとんど不可能に近い。
④ 従つて、不法行為によって自己の権利を侵害された者が自己の権利を擁護するためにやむなく訴を提起する場合で、訴訟追行を弁護士に委任したときは、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきである。
と判示し、不法行為による損害賠償請求訴訟の場合は、弁護士費用が損害として認められるようになりました。
3 その後の実務
これにより、その後、交通事故訴訟のような不法行為を原因とする訴訟では、判決認容額の1割程度を、不法行為と因果関係のある損害として認められるようになりました。
しかし、契約違反を原因とする訴訟では、何故か、弁護士費用が損害としては認められないまま今日に至ってきました。
4 最高裁平成24.2.24判決
最高裁判所は、平成24年2月24日、債務不履行を原因とした損害賠償請求訴訟で、弁護士費用は損害になると判示し、弁護士費用を損害と認めなかった高裁判決を破棄しました。
この事件は、使用者の安全配慮義務違反により労災事故が生じたという理由で損害賠償請求訴訟を起こした事件ですが、
最高裁判所は、安全配慮義務違反を原因とする損害賠償請求訴訟では、原告となる者は義務の内容を特定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張・立証するする責任があり、その難しさは不法行為を原因とする損害賠償請求訴訟の場合と異なるものではない、として、弁護士費用(事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のもの)を損害賠償の対象になる損害だとしたものです。
その判示部分は、以下のとおりです。
労働者が,就労中の事故等につき,使用者に対し,その安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求する場合には,不法行為に基づく損害賠償を請求する場合と同様,その労働者において,具体的事案に応じ,損害の発生及びその額のみならず,使用者の安全配慮義務の内容を特定し,かつ,義務違反に該当する事実を主張立証する責任を負うのであって(最高裁昭和56年2月16日判決参照),労働者が主張立証すべき事実は,不法行為に基づく損害賠償を請求する場合とほとんど変わるところがない。そうすると,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求権は,労働者がこれを訴訟上行使するためには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権であるということができる。
したがって,労働者が,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り,上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害というべきである(最高裁昭和44年2月27日判決参照)。