遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
1 破産状態
破産状態とは支払不能の状態を言います。ほとんどの場合債務超過の状態であり、相続により財産を取得すれば、債権者がそれを差し押さえてくる可能性のある状態です。
2 破産状態解消の方法
破産状態にある相続人に自己破産の申立をさせ、破産手続が開始されますと、債権者はその時点にあった破産者の財産からしか配当を受けることができません。その後、破産者が免責を受けると、破産者に対する債権者の債権は消滅します。
その後で相続が開始してその相続人が財産を相続した場合は、その財産について債権者が差押えをすることはできません。
ですから、相続人の中に債務超過の者がいるときは、破産手続開始決定を受けさせ、免責を得させておくべきです。
3 次善の処置
破産や免責の手続をとらない場合は、相続開始後、その相続人に相続の放棄をしてもらえば、相続財産が債権者に差押えされることはありません。
最高裁昭和49.9.20判決は、「相続の放棄のような身分行為については、民法424条の詐害行為取消権行使の対象とならないと解するのが相当である」と判示していますので、債権者から相続放棄を問題にされる恐れはありません。
4 相続放棄が期待できない場合に備えて
破産状態にある相続人が相続放棄をしない場合で、遺言がないときは、その相続人は相続財産を法定相続分の割合で相続しますので、債権者から、個々の相続財産についてその相続人の相続分割合の持分の差押えがなされる危険が生じます。
それを避けるためには、遺言を書いておくべきです。
5 遺言文例
相続人Aは、多額の負債を抱えており、財産を相続しても債権者に差押えされることが予想されるので、相続放棄をすることを希望する。
もし、Aが相続放棄をしない場合は、遺言者は、Aには、遺留分を侵害しない範囲で、次の財産を相続させるものとする。なお、これら財産は、換金性の乏しい財産、他の相続人にとって重要度の少ない財産から順に選んでいるが、それは債権者に差押えをさせないためのものであることをAには理解して欲しい。
6 遺言を書かないで、相続人間の遺産分割協議によって破産状態にある相続人に財産を与えない方法は採れないか?
最高裁平成11.6.11判決は、「共同相続人の間で成立した遺産分割協議は、詐害行為取消権行使の対象となり得るものと解するのが相当である。けだし、遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させるものであり、その性質上、財産権を目的とする法律行為であるということができるからである。」と判示していますので、遺産分割協議によって相続人Aの債権者が害されるときは、詐害行為取消訴訟を提起されるリスクが生じます。やはり、遺言を書くべきです。