遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
1 相続権の事前の放棄は無効
相続権は事前に放棄することはできません。相続開始後は放棄することができますが、それには、相続人が、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内に、相続の放棄をしようとする旨を家庭裁判所に申述しなければなりません(民法915条、938条)。
2 遺留分の事前の放棄は、家庭裁判所の許可が要件
民法1043条は「相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。」と規定していますので、遺留分の放棄はできますが、それには家庭裁判所の許可が要ります。
3 許可基準
家庭裁判所が遺留分放棄の事前許可をする要件は、
① 遺留分の放棄が遺留分権利者の自由意思に基づくものであること
② 放棄をするだけの合理的な理由があること
③ 放棄の代償が支払われていること
の3つとされています。
いったん遺留分を放棄しますと、その者は、被相続人がどんな遺言を書いても文句は言えません。そこで、遺留分権利者が遺留分を放棄する場合は、上記①ないし③の要件を満たさないと、裁判所は許可をしないことになっているのです。
今後の生活に不安はないので遺留分を放棄するという理由では許可されません(東京家裁昭和35.10.4審判)。5年後500万円を贈与すると約束したけでは約束が履行される保証がないので、許可されません(神戸家裁昭和40.10.26審判)。親の干渉による遺留分の放棄も許されません(大阪家裁昭和46.7.31審判)。親から結婚の許諾を得るために遺留分を放棄すると疑われると、許可されません(和歌山家裁妙寺支部昭和63.10.7審判)。
4 裁判所での和解で遺留分を放棄したケースで、事実上遺留分の放棄を認めた事例
裁判所での和解で遺留分を放棄する約束をしても、家庭裁判所の許可がない限り、その遺留分の放棄は認められないのですが、そのような者からの遺留分減殺請求は信義則に反するので認められない、とした珍しい判決(東京地裁被相続人11.8.27判決)もあります。
5 遺留分の事前放棄をした者が死亡したことにより、その子が代襲相続をした場合、その代襲相続人は、遺留分が認められない、とされています。代襲相続人は、被代襲者の地位を引き継ぐ立場だからです。
6 遺留分を放棄した者が、遺留分の放棄の取消を求めることができるか?
これに関する規定はありませんが、客観的な事情の変更で、遺留分放棄の審判を存続させることが、その相続人にとって酷になる場合は、非訟事件手続法19条1項の準用により、取消が出来るとされています(仙台高裁昭和56.8.10決定)。その場合の取消は相続開始前の取消ですが、相続開始後でもその取消を請求できるとする見解があります。
なお、裁判所の許可を得て遺留分を放棄した後、事情が変更した理由で、遺留分放棄の許可が取り消しされた審判例としては、松江家裁昭和47.7.24審判、東京家裁昭和54.3.28審判、東京高裁昭和58.9.5決定などがあります。
7 遺留分の放棄は、相続の放棄ではないので、遺言を書いておかなければ、効果はない
遺留分は、遺言によって、遺留分権利者の遺留分の侵害があったときに、その回復を求めることのできる権利ですから、その権利を放棄することは、遺言によりその者の権利が侵害されたときに、文句を言えない、という形で現れることになります。
したがって、遺留分を放棄した場合でも、被相続人が遺言を書いていなければ、遺留分放棄者も、法定相続分で相続財産を相続することができることになります。
参照:
非訟事件手続法19条1項
裁判所は裁判を為したる後其裁判を不当と認むべきときは之を取消し又は変更することを得
8 遺留分を放棄すると、その分他の遺留分権利者の遺留分は増えるのか?
増えることはありません。
民法1043条2項で「共同相続人の一人のした遺留分の放棄は、他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない。」と規定されているとおりです。