遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
1 価額弁償
民法1041条は「受贈者及び受遺者は、減殺を受けるべき限度において、贈与又は遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができる。」と規定しています。
これにより、受遺者、受贈者は、遺留分侵害の原因になった財産を返還しないで、金銭で支払うことが可能になるのです。
遺留分権利者からは、価額弁償を請求することはできません(名古屋高裁平成6.1.27判決、東京高裁昭和60.9.26判決)。
なお、例外的に遺留分権利者から、価額弁償を請求することができる場合もありますが、これは、明日の本連載コラム「相続117」で解説することにします。
2 現実に現金を提供することが必要
価額弁償は、口先だけでは認められません。現金を準備して遺留分権利者に提供する必要があるのです(最高裁昭和54.7.10判決)。
なお、受遺者等が現金の提供をした場合には,受遺者等は目的物の返還義務を免れ,他方,遺留分権利者は,受遺者に対し,弁償すべき価額に相当する金銭の支払を求める権利を取得します(最高裁平成20.1.24判決)。
3 口頭での価額弁償の効果ー財産と価額弁償の選択権
最高裁平成20.1.24判決は、受遺者等が、現金の提供をしていなくとも、遺留分権利者に対して遺贈の目的の価額を弁償する旨の意思表示をしたときには,遺留分権利者は,受遺者に対し,遺留分減殺に基づく目的物の現物返還請求権を行使することもできるし,それに代わる価額弁償請求権を行使することもできると解される、と判示しました。
4 価額弁償を選択したとき
前記最高裁判決は、遺留分権利者が、受遺者等の口頭での提供を受けて、価額弁償を請求したときは、遺留分侵害の原因になった財産の対する権利(所有権や所有権に基づく現物返還請求権)をさかのぼって失う代わりに、価額弁償請求権を確定的に取得する、と判示しました。
5 このときの弁済期
同判決は、受遺者は,遺留分権利者が受遺者に対して価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示をした時点で,遺留分権利者に対し,適正な遺贈の目的の価額を弁償すべき義務を負うというべきであるとして、その時に弁済期が到来すると判示しました。なお、同判決は,「価額が最終的には裁判所によって事実審口頭弁論終結時を基準として定められることになっても(最高裁昭和51.8.30判決参照),同義務の発生時点が事実審口頭弁論終結時となるものではない」と注意的に判示しています。
6 遅延損害金発生の時期
さらに同判決は、「そうすると,民法1041条1項に基づく価額弁償請求に係る遅延損害金の起算日は,上記のとおり遺留分権利者が価額弁償請求権を確定的に取得し,かつ,受遺者に対し弁償金の支払を請求した日の翌日ということになる。」とし、具体的には、受遺者等が、価額弁償をする旨の意思表示をした後、遺留分権利者が、訴えを交換的に変更して価額弁償請求権に基づく金員の支払を求めた、その訴えの変更をした日の翌日から支払済みまでの遅延損害金の支払を請求することができる、と判示したのです。
7 価額を決める時期的な基準
最高裁昭和51.8.30判決や最高裁平成20.1.24判決は、事実審口頭弁論終結時を、価額を決める基準であると判示しています。要は、最も遅い時期を価額を決める時期だとしています。
ただし、「相続118」で解説する予定の、例外として遺留分権利者から価額弁償の請求が出来る場合(これは受遺者、受贈者が遺留分権利者に返還するべき財産を譲渡したことにより、遺留分権利者に認められる価額弁償請求権)は、すでにその財産は受遺者等の手を離れていますので、その価額の基準日については、すでに譲渡された財産の譲渡金額が客観的に相当と認められる場合は、その譲渡金額を基準に判断すべしとする最高裁平成10.3.10判決があります。
8 受遺者等が価額弁償をするというだけで、弁償しない場合の、判決主文の書き方
最高裁平成9.2.25判決は、遺留分権利者から、受遺者に対し、遺贈の目的物の返還を求めた訴訟にで、受遺者が、事実審口頭弁論終結前に、裁判所が定めた価額により民法1041条の規定による価額の弁償をする旨の意思表示をした事案で、最高裁は、価額の基準日を訴訟の事実審口頭弁論終結時としてその金額を定め、次のような判決主文を書いております。
「被上告人は、上告人に対し、被上告人が上告人に対して民法1041所定の遺贈の目的の価額の弁償として○○○○円を支払わなかったときは、第一審判決添付第一目録記載の各不動産の原判決添付目録記載の持分につき、所有権移転登記手続をせよ。」です。
これにより、最高裁は、このような場合は、受遺者がその額を支払わなかったことを条件として、遺留分権利者の目的物返還請求を認容することにしたのです。