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菅野昭子

アンガーマネジメントで企業を元気にする研修講師

菅野昭子(かんのしょうこ)

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コラム

ミャンマーに思う

The私 菅野昭子

2015年11月9日 / 2015年11月10日更新

みなさまこんばんは。

ミャンマーで8日に実施された2011年の民政移管後初の総選挙で、アウン・サン・スー・チー党首率いる最大野党、国民民主連盟(NLD)が70%以上の議席を獲得する見通しとなっているそうです。

日本に住んでいるミャンマー出身の方、ミャンマー本国でも、ものすごい熱気で変化のパワーを感じますね。

実は約20年前、私ミャンマーを訪れたことがあります。
当時は、外国人が入国できる国境は限られていて、かつ、足を踏み入れることができる都市も制限がありました。
私は許されている首都ヤンゴンと観光地インレー湖、遺跡の街バガンに訪れました。

黄金のシュエダゴンパゴダはそれはもう美しかったです。
チャイティーヨの黄金仏塔も素晴らしかったです。

ですが、何か不思議な空気が流れていました。
隠されているような。ベールが一つかけられているような。
そう、急なお客さんが来た時に部屋が片付いてなくて
押し入れにいろいろなものを押し込んで、隠し、「ね、きれいでしょ。」と何事もなかったようにとりつくろう。みたいな。

実は、シュエダゴンパゴダあたりは電気が煌々とともっていましたが、
当時電気の優先順位はパゴダ、そのあと民家となっていました。停電ばかりです。だから家は夜くらい。

そんなことが少しづつ見えてくるんですね。国民は激しく貧しかったはずです(ほんとのところは見ていないのでわかりません。)
ヤンゴンだったか、サイクルリキシャを1日借り切って周りました。
20歳前後の少年?青年?が走ってくれました。

仕事が終わり、最後にミャンマー紅茶(甘いミルクティー)をごちそうしたところ
「今日初めての食事。」と彼は笑って言いました。
食事は私が好きなところで食べて、その間彼とは別行動でした。
当たり前に食事をとっていると思っていました。

申し訳ないような、複雑な気分で彼と別れました。

彼は今頃どうしているでしょうか?
この熱狂の渦の一人でしょうか。

選挙の熱狂が一時的なものに終わらぬよう、
そして彼の生活がこれからさらに輝くことを祈っています。

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