【刑事事件】酔って記憶がないのに被害届が出された|思い出せないまま手続に向き合うために

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

この記事は、2026年10月時点の刑法・刑事訴訟法・刑事訴訟規則・犯罪捜査規範に基づいて作成しています。2025年6月1日施行の刑法改正により、懲役刑と禁錮刑は「拘禁刑」に一本化されています。個別の事件の見通しは、事実関係や証拠の状況によって変わります。


「飲み会のあと、相手にけがをさせたと言われて被害届が出されたらしい。でも自分には、その場面の記憶がまったくない」。刑事事件のご相談では、このようなお話を伺うことがあります。ご本人は事実を認めることも否定することもできず、何から手を付ければよいのか分からないまま、警察からの連絡を待つ状態になりがちです。

 一般には「酔っていても罪は免れない」「記憶がないことは有利にならない」と説明されることが多く、それ自体は誤りではありません。ただ、その説明だけでは、記憶がないまま取調べにどう臨むのか、思い出せない部分を何で補うのか、覚えていない行為について示談をするべきかといった、手続の途中で直面する判断は見えてきません。

 この記事では、被害届が出された後に「記憶がない」という状態のまま手続に向き合う方のために、取調べでの話し方、手がかりの集め方、示談の判断を順に整理します。酩酊の程度と責任能力の関係は飲酒時の記憶がない|酩酊と責任能力の関係で、金銭を請求されている場面は泥酔状態で身に覚えのない請求・トラブル|記憶がない場合の対応で、性的な行為の同意が問題となる場面は双方が酔っていて記憶がない|アルコールと不同意の認定で扱っていますので、あわせてご覧ください。

「記憶がない」ことで手続は止まらない

 被害届が出された後の流れは、ご本人の記憶の有無とは関係なく進みます。まず、手続がどう動くのかを押さえておくことが、落ち着いて対応するための出発点になります。

被害届が受理された後に起きること

 警察は、被害の届出があったときは原則として受理することとされています(犯罪捜査規範61条1項)。受理された後は、被害者や目撃者からの聴取、防犯カメラ映像の確認、店舗の利用記録の照会などが進められ、ある程度材料がそろった段階で、届けられた側に連絡が来ることが多いといえます。

 ただし、被害届が出されたことが直ちに逮捕を意味するわけではありません。逮捕は、逃亡や証拠隠滅のおそれなどを踏まえて判断され、明らかに逮捕の必要がないと認められるときは、逮捕状の請求は却下されることになっています(刑事訴訟規則143条の3)。警察から電話で呼び出しを受け、自宅で生活しながら捜査が進む「在宅事件」として扱われることも少なくありません。連絡が来たときの初動は「警察から電話が来た」|折り返す前に確認したい3つのこと、逮捕に至る場合と至らない場合の分かれ目は逮捕されるケースと逮捕されないケースの分かれ目|通報から立件までに何が起きるかで詳しく解説しています。

記憶がないことと責任能力は別の問題

 刑法は、心神喪失者の行為は罰しない、心神耗弱者の行為は刑を減軽すると定めています(刑法39条)。もっとも、ここで問われるのは行為をした時点で善悪を判断し、それに従って行動する力があったかどうかです。後になって思い出せないことは、行為の時点の状態をそのまま示すものではありません。

 実際には、会話が成り立っていた、自分で店を出て移動していたといった事情があれば、責任能力は認められる方向で判断されることが多いと考えられます。記憶がないことは、それだけで罪の成否や処分を左右する事情にはなりにくいという前提で、手続への向き合い方を考えておくのが現実的です。

酔っていたことが手続のなかで受け止められる場面

 酔っていたという事情は、受け止められ方によって良くも悪くも働きます。「覚えていない」とだけ繰り返していると、捜査機関から事実に向き合っていないと見られたり、被害者の側が不誠実だと受け取ったりすることがあります。一方で、記憶がないことを正直に伝えたうえで、分かる範囲の事実を確かめ、謝罪すべき点について誠実に向き合う姿勢は、処分を判断する際に考慮される事情の一つになります。

取調べで「覚えていない」をどう伝えるか

 記憶がない方にとって、取調べは最も判断に迷う場面です。思い出せない部分をどう扱うかによって、後から修正しにくい書面が作られてしまうことがあります。

思い出せない部分を推測で埋めない

 取調べでは、被害者や目撃者の話、防犯カメラの映像などが示され、「こういうことがあったのではないか」と確認を求められることがあります。そのとき、場の空気から「そうだったかもしれません」「たぶんそうだと思います」と答えると、その言葉が自分の記憶に基づく供述として調書に残ることがあります。

 記憶がないこと自体は、そのまま伝えてよい事実です。示された情報を聞いて「そういうことがあったのだろう」と考えることと、自分が覚えていることとは、分けて話すことが大切です。なお、取調べの前には、自己の意思に反して供述をする必要がない旨が告げられます(刑事訴訟法198条2項)。黙秘を選ぶかどうかの考え方は黙秘したほうがよいのか|黙秘の効果とリスクの整理で整理しています。

記憶の濃淡を区別して話す

 「記憶がない」といっても、一晩のすべてが抜け落ちていることは多くありません。店に入ったことは覚えている、店を出たあたりから断片的になる、翌朝のことは覚えているなど、濃淡があるのが通常です。話す前に、次のように区別して整理しておくと、調書の内容が自分の認識とずれにくくなります。

記憶の状態取調べでの伝え方の例
はっきり覚えている覚えている事実として、具体的に話す。
断片的に覚えている覚えている断片だけを話し、前後のつながりは分からないと伝える。
まったく覚えていない覚えていないと伝え、推測では補わない。
後から人に聞いて知った誰から聞いたかを添え、自分の記憶ではないことを明らかにする。


 最初に「覚えていない」と話していた部分を、後から具体的に話し始めると、供述が変わったと評価されることがあります。思い出したことがある場合は、思い出したきっかけも含めて弁護人と相談したうえで伝えるのが望ましいといえます。供述の変遷がどう扱われるかは供述が途中で変わると不利になる理由|変遷の評価をご覧ください。

調書の確認と訂正

 作成された調書は、閲覧させるか読み聞かせることとされており、内容に誤りがあれば増減変更を申し立てることができます(刑事訴訟法198条4項)。また、署名押印を求められても、拒むことができます(同条5項)。「覚えていない」と話したはずの部分が、断定的な表現になっていないかを確かめることが特に重要です。具体的な確認の仕方は調書に署名・押印を求められた|訂正を求める権利で解説しています。

記憶の代わりになる手がかりを集める

 記憶が戻らない場合でも、当日の行動を外側から確かめる材料は意外と多く残っています。こうした材料は、事実を認めるにしても争うにしても、判断の土台になります。

手元に残っている記録を保存する

 まず、自分の手元にある記録を、消したり手放したりせずに保存しておきます。たとえば次のようなものが手がかりになります。

  • クレジットカードや電子マネーの利用明細、店の領収書。
  • 交通系ICカードの利用履歴、タクシーの領収書やアプリの乗車記録。
  • スマートフォンの写真・動画、位置情報の履歴、当日の通話やメッセージの送受信記録。
  • 翌朝の時点での自分のけが、衣服の汚れや破れ(写真で残しておく)。


 スマートフォンの記録を整理するつもりで削除すると、後で罪証隠滅を疑われる事情として扱われるおそれもあります。手を付けずに残しておくことが基本です。捜査機関が防犯カメラや交通系ICの記録をどのように使うかは、防犯カメラ・交通系ICの履歴|後日に特定される仕組みで解説しています。

同席していた人への確認は聞き方に注意する

 一緒に飲んでいた友人や同僚は、当時の様子を知る重要な存在です。ただ、事件の後に関係者と頻繁に連絡を取り、「こういうことだったよね」と話を合わせるようなやり取りをすると、口裏合わせと受け取られかねません。同席者から話を聞く場合は、自分の記憶を押し付けず、相手が見聞きしたことをそのまま聞く姿勢が大切です。

 同席者が捜査機関から事情を聴かれることもあるため、可能であれば弁護人を通じて話を聞き、内容を書面にまとめておくと、後で手続のなかで使いやすくなります。

自分もけがをしている場合

 酒席のトラブルでは、相手から先に手を出された、もみ合いの中で自分もけがをしたという場合があります。自分のけががあれば、早めに受診して診断書を取っておくことで、当時の状況を示す材料になります。相手も手を出していた場合の扱いは相手も殴ってきた(相互暴行)|被害者でも加害者でもある場合、診断書の見方は「全治○週間」と言われた|診断書と傷害の重さの評価をご覧ください。

覚えていない行為について示談をするか

 記憶がない方が最も悩まれるのが、示談に進むかどうかです。示談は処分の判断に影響し得る重要な事情ですが、覚えていない行為について謝罪や支払いをすることに抵抗を感じるのは自然なことです。

判断の分かれ目は「記憶」ではなく「裏付け」

 捜査の段階では、弁護人であっても捜査機関が集めた証拠を見ることはできず、起訴された後に初めて記録を閲覧できるのが原則です(詳しくは弁護人の記録閲覧・謄写でわかること)。そのため、示談に進むかどうかは、取調べで示された内容や、ご自身で集めた手がかりから、行為があったことがどの程度裏付けられそうかを見て判断することになります。

 防犯カメラの映像を示された、同席者の話もおおむね一致している、相手と揉めたところまでは覚えているといった事情があれば、示談に向けて動くことを検討する余地は大きくなります。反対に、当日の行動記録から、その時間に現場にいなかったことがうかがわれるなど、否定できる材料がある場合は、事実関係を確かめることを優先すべき場面もあります。こうした判断の難しさは無実でも示談すべき?否認と示談のジレンマでも取り上げています。

記憶がない場合の謝罪の言葉の選び方

 示談に進む場合でも、覚えていない行為を「私が殴りました」と具体的に認める必要はありません。「当時のことをはっきり覚えておらず申し訳ありませんが、私の行動によりご迷惑とご負担をおかけしたことをお詫びします」というように、認める範囲を自分の認識に合わせた表現で謝罪することは可能です。記憶がないことを正直に伝えつつ、相手の受けた被害には向き合うという書き方が、誠実さと事実の正確さを両立させます。謝罪文の構成は謝罪文の書き方|構成要素と、書いてはいけないことで解説しています。

相手への連絡は弁護人を通じて行う

 被害者に直接連絡すると、相手を怖がらせたり、圧力と受け取られたりするおそれがあります。また、被害者の連絡先は、弁護人限りで開示されることが多く、本人が知ることは難しいのが一般的です。示談の申入れから書面の作成までは、弁護人を通じて進めるのが通常の流れです。取り決める内容は被害届を出された|示談で何を取り決めるのか、最初の申入れの書き方は示談の申入れ書はどう書くか|最初の1通で断られないためにをご覧ください。なお、示談が成立しても必ず不起訴になるとは限らない点は示談が成立しても処分が残る場合|示談=不起訴ではない理由で解説しています。

処分の見通しと、手続の途中で備えておくこと

 記憶がないまま進む手続でも、ご本人の対応次第で、身体拘束の有無や処分の内容に違いが生じることがあります。

呼び出しには誠実に応じる

 在宅事件として扱われている場合、警察や検察庁からの呼び出しに応じることが、逃亡のおそれがないことを示す基本的な事情になります。仕事の都合がある場合は、日程の調整を申し出ることもできます(警察からの呼出しの日程は調整できるのか|仕事との両立)。在宅事件では、連絡のない期間が長く続くことがありますが、捜査が止まっているとは限りません。この時期の過ごし方は在宅事件になった場合|見えない時間の進み方で解説しています。

飲酒との向き合い方を形にする

 酒に酔った状態での事件では、同じことを繰り返さないための取り組みが、処分を判断する際の事情として考慮されることがあります。たとえば、飲酒の量や機会を見直す、家族と約束を交わす、飲酒の問題について医療機関や相談窓口を利用するといった取り組みです。言葉だけでなく、具体的な行動として示すことが大切です。

処分の種類と、その後への影響

 捜査を終えた後、検察官が起訴するか不起訴にするかを判断します。不起訴にも複数の種類があり、事実を争っている場合と認めている場合とで、目指す結論は異なります(不起訴の3類型はどう違うのか|どれを目指すべきか)。事実を認めた場合の処分の見通しは認めた場合の処分の見通し|罰金・略式・不起訴の分かれ目、前科と前歴の違いは前科と前歴はどう違い、どこに残るのか|期間と照会される場面をご覧ください。

よくあるご質問

記憶がなくなるほど酔っていたことは、処分を軽くする事情になりますか。

 酔っていたこと自体が、処分を軽くする方向に働くことは多くありません。責任能力に影響するのは、行為の時点で判断能力が著しく損なわれていたような場合に限られ、記憶がないというだけでは足りないと考えられます。また、自ら進んで多量に飲酒した経緯がある場合、その事情が考慮されることもあります。処分の判断では、酔っていたかどうかよりも、被害の程度、示談の状況、再発防止への取り組みなどが重視される傾向にあります。

被害届を取り下げてもらえれば、事件は終わりますか。

 暴行罪や傷害罪は、被害者の告訴がなくても起訴できる罪です。そのため、被害届が取り下げられても、それだけで捜査や処分が終わるとは限りません。もっとも、被害者が処罰を望んでいないことは、検察官が処分を判断する際に重く考慮される事情です。なお、器物損壊罪は告訴がなければ起訴できない罪とされており(刑法264条)、告訴の取消しがあれば起訴されないことになります。

警察から連絡が来る前に、弁護士に相談してもよいのでしょうか。

 相談していただいて問題ありません。被害届が出されたらしいと聞いた段階で相談しておくと、取調べでの話し方を事前に整理したり、手元の記録を保存したり、早い時期から示談の可能性を探ったりすることができます。事件から時間が経ってから捜査が進む場合もあるため(暴行・傷害の公訴時効|時間が経ってから捜査が来る理由)、連絡がないうちに準備を進めておくことには意味があります。依頼の時期については弁護人を頼むタイミング|捜査段階で差がつく理由もご参照ください。

まとめ


  1. 被害届は原則として受理され(犯罪捜査規範61条1項)、記憶の有無と関係なく捜査は進むが、被害届が出されたことが直ちに逮捕を意味するわけではない(刑事訴訟規則143条の3)。
  2. 責任能力は行為の時点の状態で判断されるため(刑法39条)、後から思い出せないというだけでは処分を左右する事情になりにくい。
  3. 取調べでは、覚えていること・断片的なこと・覚えていないこと・人から聞いたことを区別して話し、推測で埋めない(刑事訴訟法198条2項)。
  4. 調書は閲覧や読み聞かせを受けて誤りの訂正を求めることができ、署名押印を拒むこともできる(同法198条4項・5項)。
  5. 利用明細や乗車記録、スマートフォンの記録などは削除せずに保存し、同席者からは相手が見聞きしたことをそのまま聞く。
  6. 示談に進むかどうかは、記憶ではなく行為の裏付けの程度から判断し、謝罪は自分の認識に合わせた表現で行う。
  7. 暴行罪・傷害罪は被害届の取下げだけで終わるとは限らないが、器物損壊罪は告訴がなければ起訴できない(刑法264条)。


弁護士法人若井綜合法律事務所では、刑事事件に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。酒に酔っていた時間の記憶がないまま被害届が出されたと知った段階から、取調べへの備え、手がかりの整理、示談の判断までを一緒に検討します。

被害届を出されたご本人だけでなく、警察から連絡を受けたご家族からのご相談もお受けしています。思い出せないことが多い状態でも、分かっている範囲のお話から整理を始めることができますので、早めにご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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