弁護士に不利な事実を隠すとどうなる|正直に話すべき理由
「やっていないのに、示談したほうがいいと言われた」——性風俗の利用をめぐるトラブルでは、こうしたご相談が寄せられます。
身に覚えがないのであれば、本来は事実を争うのが筋です。それでも「早く終わらせたい」「職場に知られたくない」「これ以上争う体力がない」という事情から、支払いによる解決に傾く方は少なくありません。
一方で、示談は本来「事実を認めて謝罪する」ことを前提とした仕組みです。否認と示談は、方向が逆を向いています。この記事では、両者がなぜ両立しにくいのか、それでも検討する余地があるのはどういう場面か、そして風俗トラブル特有の注意点を整理します。
なお、身に覚えのない嫌疑をかけられた場合の初動全般については別のコラムで扱っています。本稿は「示談をするかどうか」という一点に絞ります。
1.「示談」と呼ばれているものには、3つの別物が混ざっている
相談の場で「示談したほうがいいのか」と聞かれるとき、その「示談」が何を指しているかは、人によって違います。まずここを分けないと、答えが出ません。
| 呼ばれ方 | 中身 | 前提 | 主な目的 |
|---|---|---|---|
| ①宥恕付きの示談 | 事実を認めて謝罪し、被害弁償のうえ、処罰を求めない旨の意思表示を得る合意 | 事実を認めていること | 刑事処分の判断で考慮してもらうこと |
| ②民事上の和解 | 責任の有無に決着をつけないまま、紛争を終わらせるための解決金の合意 | 認否は留保できる | 金銭請求を終わらせること |
| ③その場・後日の金銭要求 | 相手方や店から一方的に提示される支払いの要求 | 合意も書面もない段階 | 相手側の回収 |
「無実でも示談すべきか」と悩む方の多くは、①を思い浮かべています。しかし実際に目の前で起きているのは③であることも珍しくありません。③は示談ではなく、単なる要求です。応じる義務がその時点で確定しているわけではありません。
そして注意が必要なのが②です。責任を認めない形の書面にしたとしても、刑事手続の場面では「金銭を支払って解決した」という事実として伝わります。②は民事の請求を止める手段としては機能し得ますが、①の代わりに刑事処分へ効かせるための抜け道として設計できるものではない、と考えておくほうが安全です。
2.原則として、事実を争うなら示談とは方向が違う
検察官が起訴しない処分をする場合、その理由には主に「嫌疑なし」「嫌疑不十分」「起訴猶予」の区分があります。このうち起訴猶予は、犯罪の成立を前提としたうえで、犯人の性格・境遇、犯罪の軽重、犯罪後の情況などから訴追を必要としないと判断するものです(刑事訴訟法248条)。
示談が最も効きやすいのは、この起訴猶予のルートです。事実を認め、被害を回復し、相手方の処罰感情が和らいだ——という流れが、判断材料として評価されます。
これに対して「やっていない」と主張する場合に目指すのは、嫌疑なし・嫌疑不十分のルートです。証拠が足りない、あるいは事実が認められない、という方向で決着させる筋道であり、示談によって近づくものではありません。
つまり、示談を厚くする活動と、事実を争う活動は、同じ方向を向いていません。「両方やっておけば安心」とはなりにくい、というのが出発点になります。
(不起訴の3区分そのものの解説や、相手方に示談を断られている場合の対応は、別のコラムで詳しく扱っています。)
3.示談が否認の妨げになり得る、二つの経路
「それでも払ってしまえば終わるのでは」と考える前に、後から効いてくる二つの経路を知っておく必要があります。
(1)示談書に書かれた文言が、書面として残る
示談書に「本件行為を行ったことを認め、深く謝罪する」といった一文を入れれば、それは自分が署名した書面として残ります。
刑事訴訟法322条1項は、被告人が作成した供述書などについて、その内容が本人に不利益な事実の承認であるときに証拠とすることができる旨を定めています(同項ただし書は、任意にされたものでない疑いがあると認めるときは証拠にできないとしています)。示談書がそのまま自白調書と同じ扱いになるわけではありませんが、事実を認める記載が書面として存在すること自体が、後の主張にとって重い意味を持ちます。
「早く終わらせたかっただけで、本心ではなかった」という説明が通らないわけではありません。ただ、いったん書面に残った承認を後から打ち消すのは、容易ではありません。
(2)示談を申し入れた行動そのもの
犯人性を否認している、あるいは行為そのものをしていないと主張しているのに、一方で示談を申し入れている——この矛盾は、外から見えます。
刑事事件に詳しい実務家の解説でも、示談交渉をした事実が後の手続で明らかにされ、否認の主張の一貫性を疑わせる事情として受け止められかねない、という指摘がなされています。示談が成立しなかった場合でも、「申し入れた」という経過は残ります。
4.「やっていない」の中身によって、答えは変わる
もっとも、「やっていない」と一口に言っても、中身は同じではありません。型ごとに、示談の位置づけは変わります。
| 型 | 主張の中身 | 示談の位置づけ |
|---|---|---|
| A:事実自体がない | 人違い、そもそも接触していない | 示談は主張と正面から矛盾しやすく、慎重な検討が必要 |
| B:行為はあったが評価が違う | 同意があった、意図が違う | 主張どおりなら賠償義務も生じない建て付け。ただし、意思疎通の行き違いで不快な思いをさせた点に限って民事的な解決を検討する余地はある |
| C:一部は認められる | 一部否認 | 認めている範囲についての謝罪・弁償は、不自然な行動ではない |
| D:記憶があいまい | 否認とも自認とも言い切れない | 断定的な示談も、断定的な否認も避け、まず事実の確認から |
実務で難しいのは、CやDの状態にある方が、Aのつもりで押し通そうとしてしまうケースです。後から記憶や事実関係が出てきたとき、それまでの説明との食い違いが、かえって不利に働くことがあります。
一部否認の場合は、認めている部分と争っている部分を書面上できちんと切り分ける必要があります。どこまでを対象とした合意なのかが曖昧なままだと、争うつもりのない部分まで認めたと受け取られかねません。
(同意の有無が争点になる場合の証拠と限界、記憶があいまいな場合の考え方は、それぞれ別のコラムで扱っています。)
5.それでも示談を検討する場面はある
原則は上記のとおりですが、実務上、事実を争いながらも示談を検討する場面が皆無というわけではありません。
- 認められる部分が別にある場合(C型)。争っている点とは別に、民事上の解決を要する事実が存在するケースです。
- 民事の請求だけを止める必要がある場合。刑事とは切り離し、金銭請求の終結だけを目的とする②型の和解です。ただし前述のとおり、刑事に対して無影響とは限りません。
- 身柄拘束や社会的影響が現に発生している場合。早期の身柄解放や、事案が広がることの回避を優先せざるを得ない状況はあり得ます。
ただし、いずれの場合も次の点は押さえておく必要があります。
第一に、①型の示談に踏み切ると、後から事実を争う道は細くなります。第二に、示談をしたからといって手続が自動的に終わるわけではありません。不同意わいせつ罪・不同意性交等罪は2017年の改正で非親告罪となっており、被害届に法律上の取下げ手続きも用意されていません。第三に、否認している状態での示談交渉は、相手方の理解を得にくく、成立しないまま「申し入れた経過」だけが残ることもあります。
「事実は違う」と主張しながら示談を申し入れる行為が、相手方の心情をさらに害する結果になり得ることも、率直に踏まえておく必要があります。認識のずれや記憶違いと、意図的な虚偽の申告とは別の問題です。相手方が示談を拒むこと自体を非難する筋合いはありません。
6.風俗トラブル特有の、三つの注意点
一般の刑事事件の解説には出てこない、この分野に固有の論点があります。
(1)誰と示談するのかが確定しない
相手方は源氏名でしか分からず、連絡先も把握できないことが通常です。「示談したい」と思っても、相手方を特定できないまま話が進まないことがあります。自分で相手を探す行為は、それ自体が接触や証拠関係への働きかけと受け取られるおそれがあり、避けるべきです。
(2)店に払っても、本人との清算にはならない
店が窓口となって金銭を求めてくることがあります。しかし、店に支払っても、キャスト本人との間の清算が成立するわけではありません。後日、本人から改めて請求を受ける余地が残ります。また、報酬を得る目的で第三者が他人の示談交渉を代理することは、弁護士法72条との関係で問題になり得ます。
(3)その場の要求は「示談」ではない
現場で提示される支払い要求(③型)は、合意でも和解でもありません。その場で反射的に謝罪する、金銭を渡す、書面に署名する——といった対応は、後に刑事手続の資料として扱われる可能性があります。急かされている状況で結論を出さないことが、結果的に選択肢を残します。
(書面に署名してしまった後の効力、店側の代理人が出てきた場合の対応、示談成立後に再請求を受けた場合の清算条項の射程については、それぞれ別のコラムで扱っています。)
7.迷ったときに踏む、5つの順序
- 自分の言い分がA〜Dのどれなのかを、言葉にする。 「やっていない」で止めず、何を否定し、何は否定していないのかを書き出します。
- 手続がどの段階かを確認する。 相手方からの要求だけの段階か、被害届が出ているのか、捜査機関から連絡が来ているのか、身柄が拘束されているのかで、取り得る手は変わります。
- 何を優先したいのかを分ける。 「無実の確認」「早期の解放」「知られないこと」は、同時にすべて最大化できるとは限りません。優先順位を自覚したうえで選ぶことになります。
- ①型か②型かを決め、文言を設計する。 対象となる事実の特定、認否の記載、清算条項、宥恕条項の有無。ここを曖昧にしたまま署名しないことです。
- 期限に追われて決めない。 刑事処分は決まる前が勝負ですが、「今日中に決めろ」という要求は、多くの場合こちら側の事情ではありません。
8.示談をしない場合に、積めるもの
事実を争う方針を採るなら、示談以外に積めるものがあります。
- 経過の裏づけを集める。 入退店の時刻、決済の記録、移動の記録、通話やメッセージの履歴。これらは同意の有無を直接示すものではありませんが、経過の再現には役立ちます。
- 説明の一貫性を保つ。 初期の供述は後まで影響します。分からないことは分からないままにしておくほうが、無理に埋めるより安全です。
- 記録を消さない。 都合が悪く見える記録も、削除は証拠隠滅の疑いにつながりかねません。
- 弁護人を通じて意見を出す。 処分が決まる前に、争点と資料を整理して提出することができます。
なお、相手方の申告が事実と異なると考える場合の反撃(虚偽告訴等罪や恐喝罪の検討)は、まず自分に対する処分の見通しが固まってからの話になります。先に相手を非難する言動に出ることは、多くの場合、得策ではありません。
9.避けたい対応
- その場での反射的な謝罪、その場での署名、その場での支払い
- 相手方を「うそをついている」と決めつけて発信すること
- 自分で相手方を探す、店に出向く
- 不利に見える記録を削除する
- 「示談をまとめる」と持ちかけてきた第三者に金銭を預ける
まとめ
事実を争うのであれば、示談は原則として方向の違う手段です。示談書の文言も、示談を申し入れたという経過も、後から効いてきます。
一方で、「やっていない」の中身は一様ではありません。一部は認められるのか、評価を争っているのか、記憶があいまいなのか。ここを整理しないまま「示談すべきか否か」を考えても、答えは出ません。
そして、風俗トラブルでは、相手方が特定できない、店が窓口になっている、その場の要求が示談と混同されている——といった事情が重なります。判断を急かされている状況ほど、いったん立ち止まる価値があります。
方針を決める前に、事実関係と手続の段階を整理したうえで、弁護士にご相談ください。


