その場で腕をつかまれた|私人による現行犯逮捕と初動対応
示談を申し入れるとき、最初に相手方へ届くのは一通の書面です。これを一般に「示談の申入れ書」と呼びます。
この一通で示談がまとまることはありません。それでも最初の一通が重視されるのは、受け取った方がこの書面だけを手がかりに、話を聞くかどうかを決めることになるからです。中身よりも先に、届き方や書きぶりが判断を左右してしまう場面もあります。
この記事では、申入れ書がどのような役割を持つ書面なのか、何を書き、何を書かないほうがよいのか、どのように届けるのかを整理します。書式が法律で決まっている書面ではないため、実務で意識されている考え方として読んでください。
この記事で扱うこと・扱わないこと
最初に範囲をはっきりさせておきます。
・扱うのは、示談を申し入れる最初の書面(申入れ書)の役割・記載事項・届け方です。
・示談書そのものの条項、謝罪の手紙の中身、示談金の相場、申し入れを断られたあとに残る手段、示談を始める時期の選び方は、それぞれ別の論点として扱いません。
・想定しているのは、被害を受けた方がいる事件で、事実関係におおむね争いがない場合です。
・立場は、申し入れる側(被疑者・被告人となった方とそのご家族)を想定しています。
・ご本人が直接書面を送ることを勧める趣旨ではありません。経路の問題は後半で触れます。
申入れ書は「交渉の書面」ではない
最初の一通が決めるのは、合意ではなく「話を聞くかどうか」
示談は、民法上は和解(民法695条)にあたる契約です。契約である以上、相手方が同意しなければ成立しません。こちらがどれだけ丁寧な書面を作っても、書面それ自体で示談が成立することはないという前提から出発する必要があります。
では最初の一通は何を決めているのか。受け取った方が決めることは、おおむね次の三つです。
・封を開けて読むかどうか。
・誰か(家族、弁護士、担当の捜査官)に相談するかどうか。
・返事をするかどうか。
申入れ書に求められているのは、説得することではなく、この三つを判断できる材料を渡すことです。この点を取り違えると、書面は長くなり、結果として読まれにくくなります。
受け取る側は、書面が届いた事実そのものに反応する
被害を受けた方にとって、加害者側からの書面が自宅に届くこと自体が予期しない出来事です。事件のことを同居のご家族に知られたくない、勤務先に知られたくないと考えている方も少なくありません。
そのため、文面の完成度より先に、いつ、どの経路で、どのような封筒で届いたかが受け取り方を左右します。後半で届け方に一章を割いているのはこのためです。
「断られない」とは、その場で打ち切られないということ
最初の一通で承諾を得ることは想定できません。目指すのは、検討の余地を残したまま次の連絡につなげることです。逆に言えば、即答を求める書面や断りにくい書き方の書面は、その場で打ち切られる可能性を自分から高めています。相手が断る自由を保ったままにしておくことが、結果として検討してもらえる条件になります。
示談に関わる書面の役割を分けて考える
示談の場面では複数の書面が登場し、混同されがちです。役割を分けておくと、申入れ書に何を書くべきかが決めやすくなります。
| 書面 | 主に読む人 | 役割 |
|---|---|---|
| 示談の申入れ書 | 被害を受けた方とその代理人 | 示談を検討してもらえるかを尋ねる |
| 謝罪の手紙 | 被害を受けた方 | 反省と謝罪を自分の言葉で伝える |
| 示談書・合意書 | 双方(のちに捜査機関や裁判所) | 合意した内容を確定する |
| 嘆願書 | 検察官・裁判官 | 被害を受けた方の意向を伝える |
| 上申書・誓約書 | 捜査機関・裁判所 | 本人側の事情や今後の約束を伝える |
この記事で扱うのは一行目だけです。申入れ書は、示談書のたたき台でも、謝罪文の代わりでもありません。申入れ書・謝罪の手紙・示談書を一通に詰め込むと、それぞれの役割が弱まります。
書き始める前に決めておく三つ
誰の名義で出すか
弁護人が就いている事案では、申入れ書は弁護人名義で作成されるのが通常です。窓口を一本化し、以後のやり取りの相手をはっきりさせる意味があります。謝罪の気持ちをご本人の言葉で伝えたい場合は、弁護人名義の申入れ書にご本人名義の手紙を同封する形が取られることがあります。申入れ書に心情を長く書き込むより、書面を分けたほうが、それぞれの役割が伝わりやすくなります。
どの経路で届けるか
連絡先を知らない場合、書面を送ること自体ができません。実務上は、弁護人が担当の検察官や警察官に示談を希望している旨を伝え、捜査機関から被害を受けた方に「連絡先を相手方に伝えてよいか」という意向確認をしてもらう流れをたどることが多いといえます。承諾が得られたときに初めて、連絡先が弁護人に伝えられます。
この確認の段階で断られることもあり、その場合は書面の巧拙以前に届ける経路がないことになります。
また、性犯罪の被害者などについては、氏名や住所といった個人特定事項を手続の中で秘匿する制度が設けられています(令和6年2月15日施行)。この措置がとられた事案では、こちらが相手方の氏名・住所を知らないまま手続が進むことがあり、書面の宛先の書き方から検討が必要になります。
一方、知人同士の事件や、勤務先・店舗などで連絡先を知っている場合は、送ろうと思えば送れてしまいます。送れることと、送ってよいことは別です。身体拘束を受けていない事案では、直接の接触が証拠隠滅の働きかけと受け取られることがあり、その評価は身柄の判断にも及び得ます。
いつ出すか
早い段階で申し入れる意味は、相手方に検討する時間を渡せることにあります。他方で、こちらの手続の都合を理由に返答を急がせることは別の話です。早く出すことと、早く返事を求めることは違います。この二つが混ざると、丁寧な文面でも急かされている印象が残ります。
申入れ書に入れる項目
法律上の書式はありませんが、判断に必要な情報という観点で整理すると、次のような項目が挙げられます。
・誰からの書面か。差出人の氏名と立場(誰の代理人か)を最初に書きます。
・どの出来事についての書面か。日付と場所を、特定できる範囲で簡潔に書きます。
・何を求めているのか。「示談についてご検討いただけるかどうかを伺いたい」という一点に絞ります。
・連絡先を知った経緯。捜査機関を通じて連絡先の開示を受けた場合は、その旨を書き添えます。相手方の不安を減らす意味があります。
・返答の方法。電話・郵便・代理人経由など、選べる形にします。返信用封筒を同封することもあります。
・返答をしない自由があること。検討のうえ応じない場合、返答は不要である旨を明記します。
・同封物の説明。謝罪の手紙などを同封した場合は、何が入っているかを本文で説明します。封を開ける前に中身が分かることには意味があります。
事実は、争いのない範囲で短く
経緯を詳しく書くほど誠実に見えると考えがちですが、逆に働くことがあります。詳細な記述は経緯についての主張と読まれやすく、認識の食い違いがあれば「事実を争う書面」と受け取られます。書面は残るため、のちの供述や民事上の主張と食い違えば、その食い違い自体が問題になり得ます。事実関係は、争いのない範囲にとどめて短く書くのが無難です。事実に争いがある事案では、申し入れの内容と時期を個別に検討する必要があります。
金額を最初の一通に書くかどうか
最初の書面に具体的な金額を書くかどうかは、判断が分かれます。金額を先に示すと、検討の入口が条件の話から始まります。提示額が相手の想定より低ければそこで打ち切られ、高ければ意図を疑われることもあります。
実務では、賠償の意思があることは伝え、具体的な金額は協議の中で決めるという書き方が選ばれることが多いといえます。賠償する意思と、金額の提示は別のことです。
なお、金銭を支払う意思を書面で明確に表明することは、民事上、債務の承認(民法152条1項)と評価される余地があります。承認があれば消滅時効は更新されます。刑事の手続を意識して書いた一文が民事の時効に影響し得るという意味で、書きぶりは慎重に検討したほうがよい部分です。
返答の期限を切らない
「◯月◯日までにご返答ください」という書き方は、こちらの都合を相手に負わせる形になります。処分の見通しなど自分側の事情を理由に期限を設けると、なおさらです。手続の状況を事実として伝えるにとどめ、判断は相手に委ねる書き方があります。期限を切って断られるより、期限を切らずに保留にしてもらうほうが選択肢は残ります。
書かないほうがよい記載
実務で避けられることが多い記載を、理由とともに整理します。
| 記載 | 避けたい理由 |
|---|---|
| 処分が軽くなるので示談してほしい | 示談の目的がこちらの利益だけにあると読まれます |
| ◯月◯日までにご返答ください | 返答を強いる形になり、断る自由を狭めます |
| 事実は◯◯であり誤解があります | 事実を争う書面と読まれ、示談の前提が崩れます |
| 示談金として◯◯万円をお支払いします | 検討の入口が条件交渉になり、金額の当否に話が移ります |
| お会いして直接お詫びしたい | 初回で面会を求めると負担が大きく、断る理由になりやすい記載です |
| ご家族の皆様にもご心配をおかけしました | 事件を家族に伝えていない場合、事情を露出させることがあります |
| ご返答がない場合は法的手続を検討します | 形式は権利の告知でも、圧力と受け取られます |
いずれも、書き手の側では誠実さや丁寧さのつもりで書かれることがある文言です。読み手が置かれている状況から見てどう読めるかという基準で見直すと、判断しやすくなります。
届け方で結果が変わる
封筒の表記
封筒は同居のご家族の目に触れます。表書きに事件名や罪名、「示談」といった語を書かないこと、差出人を事務所名義にとどめることは、実務上の基本的な配慮です。ご本人の氏名を差出人にすると、相手方が受け取る前に同居の方が事件を察することがあります。書面の中身以前の問題として、事前に決めておく必要があります。
内容証明郵便が向かない理由
書面を送る場面で内容証明郵便を思い浮かべる方は多いのですが、示談の申入れ書には向きません。理由は二つあります。
一つは形式面です。内容証明郵便は文書一通のみを送る取扱いで、返信用封筒やご本人名義の手紙を同封することができません。申入れ書は返答の負担を下げる工夫と組み合わせて意味を持つ書面ですから、この制約は小さくありません。
もう一つは受け取られ方です。内容証明郵便は、請求や通告の場面で用いられることが多く、受け取った側に構えた印象を与えます。申入れ書は請求ではなく打診です。配達の記録を残したい場合には、特定記録などの方法もあります。
電話から入るか、書面から入るか
突然の電話は、在宅の時間帯や同居のご家族の応対といった事情を、こちらの側で制御できません。書面を先に届け、返答の方法と時期を相手に選んでもらうほうが、負担は小さくなります。後日電話で確認する予定がある場合も、その旨を書面の中で伝えておくかどうかで受け取られ方は変わります。
ご自身で書面を用意する場合
弁護人に依頼せずご自身で書面を用意する場合は、相手方の連絡先をどのように知ったのかを書面の中で説明できるか、宛先はご本人か代理人か、封筒の表書きと差出人が同居のご家族の目に触れる前提で作られているか、返答しない自由が保たれているかを確認しておくと、判断の材料になります。写しと作成日を残すことも忘れないでください。
なお、ご家族や知人など弁護士でない第三者に代わりに交渉してもらう形は避けてください。報酬を得る目的で他人の法律事務を扱うことは、弁護士法72条により禁じられています。
相手方に代理人がついている場合
被害を受けた方に弁護士がついた場合、弁護士職務基本規程52条により、弁護士は、正当な理由なく、その代理人の承諾を得ないで直接相手方と交渉してはならないとされています。名宛てとされているのは弁護士であり、ご本人に直接適用される規程ではありませんが、代理人が就いた後にご本人が直接連絡を取ることの副作用は別に残ります。
代理人経由になると、書面の宛先も文体も変わります。心情に訴える書面より、何を、いつまでに、どのような形で用意できるのかという検討材料を示すほうが、話は進みやすくなります。
返事が来ないとき、断られたとき
返答がないことが、そのまま拒絶を意味するとは限りません。検討中であること、家族と相談していること、代理人を探していることもあります。
一方で、返事がないからと繰り返し書面を送ることには副作用があります。接触の反復はそれ自体が別の評価を受けることがあり、身柄に関する判断に影響することもあります。再度の連絡の可否と、その時期・経路は、事案ごとの検討事項です。
なお、一度出した書面は取り消せません。作成日を記録し、写しを手元に残しておくことは、後から経過を説明する際に役立ちます。届かなかった書面、受け取ってもらえなかった書面についても同じです。
申し入れを断られたあとに残る手段は、それ自体が一つの論点です。被害弁償のみを申し出る方法や、そのほかの選択肢がありますが、ここでは触れません。
申し入れた経過は残る
起訴するかどうかの判断について、刑事訴訟法248条は、犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況を考慮して、訴追を必要としないときは公訴を提起しないことができると定めています。示談は、この「犯罪後の情況」を構成する一つの事情という位置づけです。示談が成立しなかったとしても、申し入れをした経過そのものが消えるわけではありません。もっとも、申し入れれば結果が変わるという意味ではなく、示談が処分や量刑を左右する唯一の要素でもありません。
まとめ
最後に要点を整理します。
・示談は和解契約であり、最初の一通で成立することはありません。申入れ書の役割は、検討してもらえるかを尋ねることに限られます。
・申入れ書、謝罪の手紙、示談書は役割の異なる書面です。一通に詰め込むと、それぞれの機能が弱まります。
・名義、経路、時期の三つを先に決めてから文面を考えると、書くべきことが絞れます。
・事実は争いのない範囲で短く書き、金額は協議の中で決める形が選ばれることが多いといえます。
・返答の期限を切らず、応じない場合は返答が不要である旨を書いておくほうが、検討の余地は残ります。
・封筒の表記や郵送の方法といった届け方は、文面と同じかそれ以上に結果を左右します。
・返事がないことは拒絶とは限りません。繰り返し送ることには副作用があり、時期と経路の検討が必要です。
申入れ書は、書式が決まっていない代わりに、事案ごとの事情に左右される書面です。相手方の状況、手続の段階、事実関係に争いがあるかどうかによって、書くべきことも、書かないほうがよいことも変わります。どのような書面をどの経路で届けるか迷われた場合は、書面を出す前の段階で弁護士にご相談ください。一度届いた書面は戻せないため、出す前に検討できることには意味があります。


