特殊詐欺は初犯でも実刑があり得る|量刑を左右する事情
相手方や警察から「全治2週間の診断書が出ている」と告げられ、その数字がどれほど重いことなのか分からないまま不安を抱える方は少なくありません。数字だけが一人歩きし、実際以上に深刻に受け止めてしまうことも、逆に軽く見てしまうこともあります。
「全治○週間」という記載は、事件の見通しを考えるうえで確かに意味を持ちます。ただし、その数字が何を決めていて、何を決めていないのかは、意外に整理されないまま語られがちです。この記事では、診断書に書かれた「全治」という言葉の意味と、それが罪名・処分・示談にどう関わるのかを、事件の当事者となった側の立場から整理します。
「全治○週間」とは何を書いた記載なのか
診断書の「全治○週間」は、診察した医師が、その時点の所見をもとに、治療にどのくらいかかりそうかを見込みとして書いたものです。裁判所や捜査機関が定めた区分を医師が当てはめているわけではありません。
確定した治療期間ではなく、あくまで見込み
多くの場合、この記載は初診の段階で書かれます。したがって、その後の経過によっては、記載された期間より早く治療が終わることもあれば、痛みが続いて通院が長引くこともあります。「全治2週間」と書かれていても2週間で治療が打ち切られるという意味ではなく、2週間を超えて通院していることが直ちに不自然というわけでもありません。
「加療○週間を要する見込み」と書かれることもある
診断書の書式は医療機関ごとに異なり、「全治」ではなく「加療」「安静」「治療見込み」といった語が使われることもあります。表現は違っても、治療に要する見込みの期間を示している点は共通しています。したがって、「全治」と書かれているか「加療」と書かれているかによって、法的な評価が変わるわけではありません。
全治期間の長短で罪名や法定刑が変わるわけではない
| 項目 | 暴行罪(刑法208条) | 傷害罪(刑法204条) |
|---|---|---|
| 分かれ目 | 傷害の結果が生じていない場合 | 人の身体を傷害した場合 |
| 法定刑 | 2年以下の拘禁刑もしくは30万円以下の罰金または拘留・科料 | 15年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金 |
| 公訴時効 | 3年 | 10年 |
境目は「期間の長さ」ではなく「傷害の結果の有無」
暴行罪と傷害罪を分けるのは、怪我という結果が生じたかどうかです。ここでいう傷害は、目に見える外傷に限られず、人の生理的機能を害することを広く含むと理解されています。そのため、擦り傷や打撲のように比較的軽い怪我であっても、傷害と評価される場合があります。
一方で、刑法204条は傷害の程度によって法定刑を区分していません。全治1週間であっても全治3か月であっても、条文上の刑の枠は同じです。全治期間が長いことが傷害罪の成立要件になっているわけではなく、短いことが暴行罪にとどまる根拠になるわけでもありません。
「治療期間15日」のような区切りは刑法の傷害罪にはない
「○日を超えると重くなる」という感覚は、交通事故の場面で語られることの多い基準に由来していると考えられます。運転免許の行政処分では、治療期間が15日未満か、15日以上30日未満か、といった区分によって付加点数が変わる仕組みが定められているためです。
しかし、これは行政処分の点数計算のための区分です。刑法の傷害罪には、治療期間による形式的な線引きは置かれていません。診断書の日数だけを見て処分の重さを推し量ることには、もともと無理があります。
それでも全治期間が影響し得る場面
法定刑を左右しないとしても、全治期間が事件の進み方に何の関係もないわけではありません。実務上は、次のような場面で考慮要素の一つとして働きます。
- 逮捕や勾留を続ける必要があるかどうかの見立て。
- 検察官が起訴・不起訴・略式命令のいずれを選ぶかの判断(刑事訴訟法248条は「犯罪の軽重」などを考慮するとしています)。
- 起訴された場合の量刑事情としての評価。
- 示談交渉における金額の出発点。
いずれも、全治期間だけで結論が決まる性質のものではありません。暴行の態様、凶器の有無、動機や経緯、前科前歴、被害者の処罰感情、示談の成否といった事情が合わさって判断されます。全治期間が短くても、態様が悪質だと評価されれば見通しは厳しくなりますし、期間が比較的長くても、事情によっては起訴猶予となる余地が残る場合もあります。
診断書は刑事手続でどう扱われるのか
内容を確認できる時期
捜査段階では、被疑者側が診断書そのものを見られるとは限りません。取調べの中で傷病名や期間の概要を告げられる程度にとどまることもあります。起訴された後は、検察官が取調べを請求する証拠について弁護人に閲覧の機会が与えられ(刑事訴訟法299条1項)、公判前整理手続に付された事件では、さらに証拠開示の手続が用意されています。
つまり、診断書の中身をきちんと確認できる時期は、弁護人が就いているかどうかで大きく変わります。相手方から「全治○週間だ」と告げられただけの段階では、記載内容を前提に判断を急がないほうがよい場面もあります。
証拠としての位置づけ
医師が作成した診断書について、判例は鑑定書に関する規定(刑事訴訟法321条4項)を準用して証拠能力を認める立場をとっています(最高裁昭和32年7月25日判決)。診療録(カルテ)は、業務の通常の過程で作成された書面(同法323条2号)の典型例として扱われます。
公判では、弁護人が同意すれば書面のまま取り調べられます(同法326条)。内容に疑問がある場合は同意せず、作成した医師の尋問を求める道もあります。もっとも、期間の記載だけを争っても罪名が動かないことは多く、争う姿勢が反省の乏しさと受け取られる可能性もあります。何を争い、何を争わないのかは、見通しと合わせて検討する必要があります。
診断書の内容に疑問があるときに見る点
診断書を確認できる場面になったとき、実務でよく検討されるのは次のような点です。
- 事件の日から受診までにどれくらい間が空いているか。
- 記載された部位が、こちらが認識している行為の内容と対応しているか。
- レントゲン所見や外傷の記載など他覚的な所見があるか、本人の申告した自覚症状のみか。
- 同じ部位の既往症や、別の原因で受傷した可能性がうかがえないか。
- 初診時の記載と、その後の経過や再度作成された診断書との間に食い違いがないか。
これらは「怪我はなかった」と主張するための材料を探す作業ではありません。自分の行為と相手の怪我がどこまで結び付くのかを整理するための視点です。実際に負わせた怪我については誠実に向き合い、説明が付かない部分だけを切り分けて主張する、という整理のほうが、結果として受け入れられやすい傾向にあります。
示談金は全治期間だけで決まるものではない
示談金は「全治○週間だから何万円」という計算式で導かれるものではなく、治療費、通院交通費、休業損害、慰謝料といった費目を積み上げて検討されるのが一般的です。慰謝料の算定でも、診断書に書かれた見込み期間そのものより、実際に治療を受けた期間や通院の実日数が重視されます。
そのため、全治2週間の診断書が出ていても通院が長引けば金額は上がる方向に働きますし、逆に、記載された期間より早く治療が終わっていれば、その事情を示して金額を検討し直すことも考えられます。相手方から提示された金額が、そのまま支払うべき金額とは限りません。内訳の説明を求め、費目ごとに根拠を確認することが出発点になります。
避けたほうがよい対応
診断書が出たと知って、焦って動いた結果、かえって立場を悪くしてしまう例があります。
- 被害者に直接連絡し、診断書の撤回や被害届の取下げを求める。
- 怪我は大したことがないと自己判断し、その場で賠償の話を口頭でまとめようとする。
- 内容を確かめないまま供述調書に署名・押印する。
- 病院や医師に直接問い合わせて、被害者の受診状況を聞き出そうとする。
被害者への直接の働きかけは、証拠隠滅や被害者への接触を疑わせる事情として評価され、身柄拘束が続く理由になりかねません。連絡や交渉は弁護人を通して行うのが基本です。医療機関への問い合わせも、患者本人の同意なく応じてもらえるものではありません。
よくある質問
全治1週間なら不起訴になりますか
傷害の程度が軽いことは有利な事情として働き得ますが、それだけで処分が決まるわけではありません。態様や前科前歴、示談の成否などを含めて判断されます。
後から診断書が出て罪名が変わることはありますか
暴行事件として捜査が始まった後に診断書が提出され、傷害として扱われるようになることはあります。反対に、行為と怪我との結び付きが認められない場合には、傷害の点が認定されないこともあります。
全治期間が延びたと言われました
経過によって改めて診断書が作成されることはあります。示談が成立する前であれば金額の検討に影響しますし、成立後の追加請求を避けるためには、清算条項や後遺障害が生じた場合の扱いをどう定めるかが問題になります。
まとめ
「全治○週間」という記載は、医師が初診時点で見込んだ治療期間であり、罪名や法定刑を直接決めるものではありません。暴行罪と傷害罪を分けるのは怪我という結果の有無であり、傷害罪の法定刑に期間による区分は設けられていないためです。
他方で、身柄の扱い、処分の選択、量刑、示談金の検討といった場面では、傷害の程度が考慮要素の一つとして働きます。数字の大小に一喜一憂するよりも、行為と怪我の結び付き、実際の治療経過、被害者への対応という三つを順に整理していくほうが、見通しを立てるうえでは実際的です。診断書の内容を確認できる時期や争い方は手続の段階によって異なるため、早い段階で弁護人と方針を共有しておくことが望まれます。


