出し子・送金バイトをしてしまった|2026年改正で何が変わったのか
口論から取っ組み合いになり、相手も自分も手を出した。先に殴ってきたのは相手なのに、後日、警察から連絡が来たのは自分だった。こうした事案は実務上「相互暴行」と呼ばれます。自分にもけがや被害があるのに加害者として扱われるため、どこから手を付ければよいのか判断しにくい場面です。
この記事では、双方が手を出した事案で刑事手続がどのように進むのか、被害届や示談の扱いが片方だけが加害者である場合と何が違うのか、民事の請求はどう整理されるのかを順に見ていきます。
「相互暴行」は法律用語ではない
「相互暴行」「双方暴行」は、当事者が互いに相手へ有形力を行使した事案を指す実務上の呼び方で、条文にある言葉ではありません。刑法に「喧嘩両成敗」という制度があるわけでもなく、双方が処罰の対象になり得るのは、単にどちらの行為も暴行罪や傷害罪の要件を満たしているからです。
現場から見れば一つの出来事でも、刑事手続の上では二つの事件として扱われます。AがBを殴った事件と、BがAを殴った事件が別々に立ち、供述調書もそれぞれについて作成されます。一方の処分がもう一方の処分を自動的に決めるわけではない、という点がこの類型の出発点になります。
罪名がどちらになるかは、けがという結果が生じたかどうかで分かれます。
| 項目 | 暴行罪 | 傷害罪 |
|---|---|---|
| 条文 | 刑法208条 | 刑法204条 |
| 分かれ目 | けがの結果が生じていない | けがの結果が生じた |
| 法定刑 | 2年以下の拘禁刑、30万円以下の罰金、拘留または科料 | 15年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金 |
| 公訴時効 | 3年 | 10年 |
ここでいう「暴行」は人の身体に対する不法な有形力の行使を指し、胸ぐらをつかむ、衣服を引っ張る、身体に向けて物を投げるといった行為も含まれます。また「傷害」は外傷に限られず生理的機能を害することを含むため、目立つ外傷がないから当然に暴行罪にとどまる、とは言い切れません。
「自分も殴られた」ことは自分の暴行を打ち消さない
相談の場面でよく聞かれるのが、「自分も被害を受けているのだから処罰されないのではないか」という質問です。しかし、相手に暴行罪や傷害罪が成立することと、自分に成立しないことは別の話です。相手の行為が犯罪にあたるという事情は、自分の行為の成否を打ち消してくれるものではありません。
では正当防衛(刑法36条1項)はどうか。判例は、喧嘩闘争であっても正当防衛が成立する場合があり得ること自体は認めています(最高裁昭和32年1月22日判決など)。ただし正当防衛は、攻撃する側と防衛する側に「不正」対「正」の関係があることを前提とする制度です。互いに攻撃と応戦を繰り返した経過そのものが評価対象になるため、実際には認められにくい類型といえます。
参考になる判断がいくつかあります。最高裁平成20年5月20日決定は、先に自分が相手を殴って立ち去り、追ってきた相手から殴られたのに対して反撃した事案について、相手の攻撃は自分の暴行に触発された「一連、一体の事態」であり、自ら不正の行為により侵害を招いたものだとして、正当防衛の成立を認めませんでした。また最高裁平成29年4月26日決定は、相手からの攻撃を予期していた場合について、予期があるだけで直ちに急迫性が失われるわけではないとしつつ、従前の関係、侵害回避の容易性、その場に出向く必要性、凶器を準備していたかどうかといった対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況から判断すべきだとしています。
もっとも、いったん場が収まり、話し合おうとしていたところに相手が改めて攻撃してきたような場合には、その攻撃について急迫性が認められた例もあります(最高裁昭和59年1月30日判決)。同じ「喧嘩」でも、経過の切れ目がどこにあるかで評価は変わります。
どこまでが防衛で、どこからが別の暴行か
相互暴行で争点になりやすいのが、反撃をやめる時点です。相手の攻撃に応じた行為と、相手が抵抗できなくなった後の行為とが、一続きの行為として評価されるのか、別々の行為として切り離されるのかで結論が変わります。
最高裁平成20年6月25日決定は、相手が投げつけた灰皿をかわして殴り返し(第1暴行)、相手が意識を失ったように動かなくなったことを認識しながらさらに暴行を加えた(第2暴行)という事案について、両者は時間的・場所的には連続していても、侵害の継続性と防衛の意思の有無という点で性質を異にし「その間には断絶がある」として、全体を1個の過剰防衛とは扱わず、第2暴行について傷害罪の責任を認めました。他方、最高裁平成21年2月24日決定は、侵害の継続性と防衛の意思の同一性が認められる事案について、一連一体の行為として1個の過剰防衛の成立を認めています。
実務的にいえば、相手が倒れた後、動かなくなった後、逃げようとした後の行為は、それ以前とは別に評価される可能性があるということです。取調べでも、行為の順序と切れ目は詳しく聞かれます。
「どっちもどっち」でも被害届は受理され得る
相互暴行では警察が事件化に消極的で、その場で双方をなだめて終わることもある、という説明を目にすることがあります。実際にそうした対応が取られる場面はありますが、それを前提に見通しを立てるのは避けたほうがよいでしょう。
被害の届出について、犯罪捜査規範61条1項は、警察官は被害の届出をする者があったときは管轄区域の事件であるかどうかを問わずこれを受理しなければならない、と定めています。さらに警察庁が令和6年3月22日付けで発した「迅速・確実な被害の届出の受理等について(通達)」は、即時受理の原則を掲げ、届出内容が明白な虚偽または著しく合理性を欠くものである場合を除いて即時受理するよう求めています。この「明白な虚偽または著しく合理性を欠く」とは、届出内容から容易に判断できるものを指し、改めて捜査や調査を行って検討することを意味しないとされています。
「相手も手を出している」という事情は、受理しない理由として想定されているものではありません。一方が届け出れば他方も届け出るという流れになりやすく、結果として双方が被疑者の立場に置かれることは十分にあり得ます。
「お互いに取り下げれば終わり」とは限らない
相互暴行の解決策として、双方が被害届を取り下げるという方法がよく挙げられます。処分を判断する材料としては意味がありますが、法的な効果は限定的です。
被害届の取下げについては、刑事訴訟法に効果を定めた規定がありません。告訴には取消しの規定があり、公訴の提起があるまで取り消すことができ、取り消した者は再び告訴できないとされています(刑事訴訟法237条1項・2項)が、被害届の取下げはこれとは別のものです。そして暴行罪も傷害罪も非親告罪ですので、告訴やその取消しの有無にかかわらず、捜査機関は事件として扱うことができます。
実際に効いてくるのは、起訴するかどうかを検察官の裁量に委ねた刑事訴訟法248条の枠組みです。処罰を求めない意思が示されていること、当事者間の清算が済んでいることは、起訴猶予の方向に働く事情として考慮され得ます。つまり、取下げは「事件を消す手続」ではなく「処分判断の材料」だと理解しておくのが実際に近いといえます。
双方が当事者になる示談で確認しておく点
片方だけが加害者の示談と違い、相互暴行では同じ書面の中で立場が入れ替わります。条項の作り方も変わります。
- 対象とする事件を特定する。どちらの行為についての合意なのかが読み取れないと、後日の蒸し返しにつながります。
- 宥恕(処罰を求めない意思)、清算、接触禁止といった条項を、双方向に定める。片側だけの記載になっていないか確認します。
- 金銭をどう扱うかを明記する。双方が支払う形にするのか、差額のみを一方が支払う形にするのかを書き分けます。
- 被害届の扱いは、実現できる表現にとどめる。取下げの手続は届け出た本人が行うものであり、書面上の約束と実際の処理は別に進みます。
- 診断書が出ている側といない側では、位置づけが変わることを踏まえる。けがの有無で罪名も時効も異なります。
- 署名の前に、清算条項の範囲が自分の請求まで消していないかを読み返す。
金銭の扱いで見落とされやすいのが、相殺の制限です。民法509条は、悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務と、人の生命または身体の侵害による損害賠償の債務について、その債務者は相殺をもって債権者に対抗することができないと定めています。互いに人身損害の賠償を負う相互暴行では、「自分の請求と相殺するので支払わない」と一方的に主張することはできない構造になっているわけです。差引きで清算したいのであれば、当事者の合意として示談書に書き込む必要があります。
同じ弁護士に双方が依頼することはできない
知人同士や職場の同僚同士の喧嘩では、「一人の弁護士にまとめて間に入ってもらいたい」という希望が出ることがあります。しかし相互暴行では双方が対立する当事者ですので、同一の弁護士が両方から依頼を受けることはできません(弁護士法25条1号、弁護士職務基本規程27条1号)。
当事者同士が直接連絡を取る方法も、感情が残っている段階では再び衝突を招きやすく、そのやり取り自体が新たな事件につながることもあります。窓口を分けたうえで、それぞれの代理人を通じて交渉するのが現実的です。
処分が同じになるとは限らない
二つの事件として扱われる以上、処分も別々に判断されます。けがの有無と程度、どちらの言動が先行したか、暴行の態様や回数、前科・前歴の有無、示談の成否といった事情によって、一方が起訴猶予、他方が略式命令による罰金、という結果になることもあります。「両成敗で同じ扱いになるはず」という前提は置かないほうがよいでしょう。
時間の残り方も対称ではありません。公訴時効は暴行罪が3年、傷害罪が10年です。片方だけがけがを負っている場合、その事件だけが長く残るという状態になります。
事情聴取で気をつけること
相互暴行で不利に働きやすいのが、自分の暴行まで含めて全面的に否認してしまうことです。相手のけがや診断書、防犯カメラの映像といった客観的な資料と食い違えば、供述全体の信用性が疑われかねません。
- 自分がした行為として認められる部分と、事実として争う部分を分けて話す。
- きっかけ、順序、回数、部位を時系列で整理して伝える。相互暴行では「どちらが先か」が中心的な争点になります。
- 記憶があいまいな部分は、あいまいなまま述べる。断定的に埋めない。
- 調書は署名押印の前に読ませてもらい、違う箇所は訂正を申し立てる(刑事訴訟法198条4項)。
なお、正当防衛にあたるかどうかの評価は、事実を並べたうえで法的に検討する事柄です。事実関係を整理する前に結論だけを主張すると、かえって説明が通りにくくなることがあります。
残しておきたい記録
双方の言い分が食い違う類型なので、客観的な資料の有無が結論を左右します。
- 受診した場合の診断書と、けがの部位が分かる写真(日付が残る形で)
- 現場付近の防犯カメラの所在。店舗や施設の記録は一定期間で上書きされるため、保存を依頼するなら早い時期に行います。
- 同席していた人、通りかかった人の連絡先
- 110番通報や救急要請をした日時
- その場や直後のやり取りが残るメッセージ、通話履歴
- 着衣の破損など、経過をうかがわせる物
加勢した人がいた場合
連れの人が加わった場合には、評価が変わることがあります。暴力行為等処罰に関する法律1条は、団体もしくは多衆の威力を示し、またはこれを仮装して威力を示し、あるいは兇器を示し、もしくは数人共同して刑法208条(暴行)などの罪を犯した者を、3年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金に処すると定めています。
止めに入ったつもりの行為が、周囲からは加勢と見えることもあります。誰がどの時点で何をしたのかは、後から整理するのが難しくなりやすい部分です。
民事の請求はどうなるか
刑事の処分とは別に、民事の損害賠償が問題になります。双方に不法行為(民法709条)が成立する場合、それぞれが相手に対する請求権を持つことになります。
双方に落ち度がある以上、過失相殺(民法722条2項)によって認められる金額が減額されることが一般的です。また、防衛のためやむを得ず加害行為をしたと認められる場合には、民法720条1項によって賠償責任が否定される余地もあります。刑事の正当防衛とは要件も判断の場面も異なりますので、刑事で正当防衛が認められなかったから民事でも一切考慮されない、というものではありません。
時効については、人の生命または身体を害する不法行為による損害賠償請求権は、損害と加害者を知った時から5年とされています(民法724条の2)。けがに至らない場合の扱いは同じとは限らないため、いずれにしても早めの確認が必要です。
よくある質問
相手が先に手を出したのに、なぜ自分が呼ばれるのですか
相手が被害を申告し、そちらの事件から捜査が進んでいる状況が考えられます。相互暴行として認識されていない場合もありますので、自分も被害を受けた側であること、経過がどうであったかを、資料とともに早い段階で説明することが重要になります。
お互いにけががないなら、事件にはならないのでしょうか
けががなければ暴行罪の枠内にとどまりますが、暴行罪も犯罪です。双方が被害を申告すれば、双方が被疑者として扱われる可能性があります。
示談金はどちらがいくら払うことになりますか
一律の基準はありません。けがの程度、治療費や休業損害といった実際に生じた損害、双方の行為の態様などを踏まえて話し合うことになります。双方に損害がある場合には、それぞれの金額を出したうえで差額を精算する形をとることもあります。
まとめ
相互暴行の難しさは、自分が被害者でもあるという実感と、手続上は被疑者として扱われるという現実の間にずれが生じる点にあります。整理すると、押さえておきたいのは次の点です。
- 一つの出来事でも、手続上は二つの事件として別々に進む。
- 相手にも責任があることは、自分の責任を消す事情ではない。
- 被害届は受理されるのが原則で、「どっちもどっち」だから立件されないという前提は置きにくい。
- 被害届の取下げは事件を消す手続ではなく、処分判断の材料にとどまる。
- 示談では条項を双方向に組み、金銭の清算方法まで書き込む必要がある。
- 双方が同じ弁護士に依頼することはできず、窓口は分けて進めることになる。
どちらが先に手を出したのか、どこまでが防衛でどこからが行き過ぎだったのか。この種の事案は、事実関係の整理の仕方によって見通しが変わります。呼び出しの連絡を受けた段階、あるいは相手から連絡が来た段階で、一度専門家に経過を確認してもらうことをおすすめします。


