泥酔状態で身に覚えのない請求・トラブル|記憶がない場合の対応

若井亮

若井亮

テーマ:風俗トラブル

 翌朝目を覚ますと、見覚えのない金額のカード利用通知が届いていた。知らない番号から着信が続いている。店から「昨夜の件で話がある」と連絡が来た——。飲酒を伴う場面では、こうした相談が少なくありません。共通しているのは「その時間の記憶がまったくない、または断片的にしかない」という点です。

 記憶がない状態では、認めることも否定することもできず、不安だけが大きくなります。ここでは、記憶がない場合に何から手をつければよいのかを、民事(お金を払う義務があるか)と刑事(罪に問われるか)に分けて整理します。

1. 出発点となる3つの前提

 まず押さえておきたいのは、「記憶がない」という事実そのものは、法的な結論をほとんど動かさないということです。

  • 記憶がないことは、「やっていない」ことの証明にはなりません。 覚えていないだけで、実際に行為があった可能性は残ります。
  • 記憶がないことは、「相手の言い分が正しい」ことの証明にもなりません。 請求する側は、自分の主張を裏づける責任を負っています。記憶がない人が反論できないことに乗じた、水増しや事実無根の請求も現実に存在します。
  • 記憶がないことは、支払義務や刑事責任を自動的に消してもくれません。 後述するとおり、「酔っていた」ことを免罪符のように扱う考え方は、法律上ほとんど採用されていません。

 つまり、記憶がない状態でやるべきことは、その場で結論を出すことではなく、外側に残っている手がかりから事実を組み立て直す作業です。

2. 起きていることを4つの型に切り分ける

 「身に覚えのない請求」とひとくくりにされがちですが、対応の筋道は内容によって変わります。まず、自分の状況がどれに近いかを整理してください。

A:料金・カード決済の問題

 延長料金、オプション料金、複数店舗の連続利用、暗証番号を入力した記憶のない決済など。契約が成立しているか、金額が妥当かという話です。

B:損害賠償・示談金の請求

 「サービス外の行為があった」「従業員にけがをさせた」「備品を壊した」などを理由とする請求。事実の有無と、損害・因果関係・金額の相当性が争点になります。

C:署名した書面がある

 誓約書・示談書・借用書らしきものにサインした形跡がある場合。書面があること自体は重い事実ですが、それだけで支払義務が確定するわけではありません。

D:自分が被害を受けた側かもしれない

 財布や時計がなくなっている、身に覚えのない高額な引き落としがある、といったケースです。

 Aは料金・契約の問題、Bは賠償の問題、Cは書面の効力の問題、Dは被害回復の問題で、それぞれ検討の順序が異なります。複数が重なっていることも珍しくありません。

3. 記憶がない状態から事実を復元する

 記憶がない人にとって、もっとも実務的な作業がここです。記憶は戻らなくても、行動の痕跡はかなりの部分が残っています。

 確認できることが多いのは、次のようなものです。

  • クレジットカード・デビットカードの利用明細(店名・金額・時刻)
  • 電子マネー、QRコード決済、銀行アプリの履歴
  • ATMの出金記録
  • スマートフォンの位置情報履歴、写真、通話履歴、メッセージアプリの送受信
  • 交通系ICカードの乗降記録、タクシーの配車アプリ・領収書
  • ポケットや鞄に残っていたレシート、名刺、割引券
  • 一緒にいた人がいる場合、その人の記憶
  • 翌朝の所持品の状態、着衣、身体の状態

 これらを時刻順に並べて一覧にし、「情報が途切れている時間帯」を特定します。 相手の言い分が、その空白の時間帯と整合するのか、それとも自分が別の場所にいたことが示せる時間帯の話なのか。ここが後の交渉の土台になります。

 その際、注意していただきたいことが2つあります。

 1つは、推測で記憶を埋めないことです。「たぶんこうしたはずだ」という補完を重ねると、後から客観的な記録と食い違ったときに、説明全体の信用が失われます。分からない部分は「分からない」のまま記録してください。

 もう1つは、データを消さないことです。都合が悪く見える履歴や画像でも、自分の行動範囲を示す資料になり得ます。事後の削除は、それ自体が不利に評価されるおそれがあります。

4. 泥酔と契約の効力——「酔っていたから無効」は通りにくい

 民法には、意思能力に関する規定があります。民法3条の2は、「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」と定めています(2020年4月1日施行の改正で明文化された規定で、それ以前から判例で認められていた考え方です)。

 そして、法律の教科書では、泥酔者は意思能力を欠く例として挙げられます。 ここだけを読むと、「酔っていたのだから契約は無効だ」と主張できそうに思えます。

 しかし実務では、この主張はそう簡単には通りません。理由は、「記憶がないこと」と「意思能力がなかったこと」が別の事柄だからです。

 飲酒によって記憶が残らなくなる現象は、一般に「ブラックアウト」と呼ばれます。医学的な解説によれば、これは意識を失っている状態ではなく、会話も歩行も、複雑な操作もできているのに、その間の記憶が脳に保存されない状態とされています。周囲から見ると普段どおりに振る舞っているように見えることも多い、という点が重要です。

 そうすると、後日「記憶がないので意思能力がなかった」と述べても、相手方からは「普通に会話して、自分でカードを出し、暗証番号も入力していた」と反論されることになります。本人の「覚えていない」という説明だけでは、意思能力を欠いていたことの裏づけとしては弱い、というのが現実です。

 意思能力を欠いていたことをうかがわせる客観的な事情としては、防犯カメラの映像、同席者や店員の説明、その日のうちに救急搬送された記録、伝票の署名が判読できないほど乱れていること、取引内容が常識的に説明のつかないものであること、などが考えられます。こうした材料がどこまであるかで、見通しは変わります。

 なお、意思能力の主張まで届かない場合でも、争う枠組みは他にもあります。事実と異なる説明で誤認させられたのであれば錯誤(民法95条)や詐欺(民法96条)、事業者による不実の告知であれば消費者契約法4条、内容が著しく不当であれば公序良俗違反(民法90条)、違約金や罰金名目の定めであれば賠償額の予定に関する民法420条や消費者契約法9条1項1号といった規定が検討対象になります。

5. 泥酔と責任——賠償と処罰の場面では

 一方、自分が誰かに損害を与えた側である場合、話の向きが変わります。

 民事では、民法713条ただし書が、故意または過失によって一時的に責任を弁識する能力を欠く状態を招いた場合には、賠償責任を負う旨を定めています。自ら飲んで泥酔した以上、「酔っていたから賠償しなくてよい」とはならない、ということです。

 刑事でも同様の考え方が取られています。刑法39条は、心神喪失者の行為は罰しない、心神耗弱者の行為は刑を減軽すると定めていますが、飲酒による酩酊を理由にこの規定が適用される場面は限られます。 酩酊の程度は一般に、単純酩酊・複雑酩酊・病的酩酊などに分けて検討され、通常の酔いの範囲であれば責任能力は否定されない方向で判断されます。また、自ら飲酒して判断能力の低下を招いた場合には刑法39条を適用しないという考え方(いわゆる「原因において自由な行為」)も、判例上とられています。

 さらに実務上、注意しておきたい構造があります。記憶がない側と、記憶がある側とでは、供述の重みが対等になりにくいという点です。捜査の場面では、「覚えていない」としか言えない人よりも、経緯を具体的に説明できる人の話のほうが、事実として受け止められやすい傾向があります。記憶がないことは、有利にはたらく事情ではありません。

6. 認めるでも否定するでもない——受け答えの型

 記憶がないときにもっとも避けたいのは、その場で認否を決めてしまうことです。

  • 「たぶん、やったと思います」——事実を認めた供述、あるいは債務を認めた発言として扱われるおそれがあります。
  • 「絶対にやっていません」——後から客観的な記録と食い違った場合、説明全体の信用を落とします。

 記憶がないのであれば、そのまま伝えるのが基本です。「その時間の記憶がないため、いま事実を確認しています。確認できるまで、認めるとも認めないとも申し上げられません」という形で、認否を保留する言い方をしてください。

 あわせて、次の点にも注意が必要です。

  • 書面がなくても、電話でのやり取りだけで合意が成立したと主張されることがあります。
  • 「とりあえず一部だけ払う」「分割にしてほしい」といった申し出は、債務を承認したものと評価されるおそれがあります(民法152条により、消滅時効が更新される場合もあります)。
  • 警察から連絡があり、取調べを受けることになった場合、供述調書は言い切りの形で作成されがちです。記憶がないことは記憶がないと述べ、内容が違うと感じたら訂正を申し立てることができます。署名押印に応じる義務もありません。

7. 請求を受けたときの進め方

  1. 即答しない。 その場・その日のうちに支払わない、サインしない。
  2. 請求の中身を書面で求める。 誰が(店か、従業員本人か、代理人を名乗る第三者か)、いつの、何について、いくらを、どういう根拠で請求しているのか。
  3. 手元の資料を保全する。 明細、履歴、メッセージ、通話記録。削除しない。
  4. 時系列メモを作る。 前章の復元作業です。
  5. 支払義務の有無を分解する。 ①その事実があったか ②法的な根拠があるか ③損害と因果関係があるか ④金額は相当か。請求された額が、そのまま支払義務のある額とは限りません。
  6. 弁護士に窓口を一本化する。 自宅や勤務先への連絡を止められる場合もあります。

 なお、「身に覚えがないから無視してよい」と単純に考えるのは危険です。事実に基づく正当な請求であれば、放置は訴訟や被害届につながることがあります。無視してよいかどうかは、内容を確認したうえで判断すべき事柄です。

8. 自分が被害を受けた側の可能性もある

 泥酔中は、被害に遭いやすい状態でもあります。

 財布や時計がなくなっている場合、窃盗の被害である可能性があります。店舗型の店であれば、店側の管理責任が問題になる余地もありますが、この種の責任は時効期間が短く設定されている点に注意が必要です。カードの不正利用については、多くのカード会社が届出日からさかのぼって一定期間の補償制度を設けており、早い連絡が重要になります。

 また、表示のない法外な料金を請求されたり、家族や勤務先に伝えると告げられて支払いを迫られたりした場合は、ぼったくり防止条例や、恐喝罪・強要罪の問題になり得ます。

 ただし正直に申し上げると、記憶がない状態では、自分の被害を裏づける材料も乏しくなります。 だからこそ、気づいた時点でできるだけ早く記録を集め、相談することが現実的な対応になります。

9. まとめ

 記憶がないという状況は、それだけで不利にも有利にもなりません。不利になるのは、記憶がないまま、その場の判断で認めたり、支払ったり、署名したりしてしまったときです。

 やるべきことは、①即答を避け、②外に残った記録から事実を組み立て、③請求の根拠と金額を検証すること。そのうえで、支払うべきものは正面から清算し、根拠のない請求には応じない、という順序で進めるのが穏当です。

 自分ひとりでは事実の確認も相手方とのやり取りも負担が大きく、判断を誤りやすい場面です。請求の期限が迫っている、警察から連絡が来た、書面にサインしてしまった、といった段階であれば、早めに弁護士にご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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