エスカレーター・階段での撮影|撮影罪の典型類型と立証
お酒を飲んだ翌朝、身に覚えのない連絡や、警察からの呼び出しを受けて、初めて事態を知る。そのときに多くの方が最初に口にするのが、「まったく覚えていない」という言葉です。
覚えていない以上、自分が何をしたのか説明のしようがありません。同時に、「記憶がないのだから責任は問われないのではないか」という期待と、「知らないうちに取り返しのつかないことをしたのではないか」という不安が同時に押し寄せてきます。この二つの気持ちが混ざったまま取調べに臨むと、思わぬ方向に話が進んでしまうことがあります。
この記事では、飲酒による酩酊が刑事責任能力とどう結び付き、どこで結び付かないのかを整理します。読み手として想定しているのは、飲酒後の出来事について事件の当事者とされている方と、そのご家族です。
「記憶がない」という一言は、三つの別々の問いに投げ込まれる
ご本人は「責任能力の話」として「覚えていない」と説明していることが多いのですが、この一言は、手続の中では性質の異なる三つの問いに同時に投げ込まれます。三つは連動しておらず、一つで有利になっても別の一つでは不利に働くことがあります。
| 「覚えていない」が向けられる問い | 関係する条文・場面 | 実際に見られていること |
|---|---|---|
| 責任能力があったか | 刑法39条 | 飲酒が善悪の判断や行動の制御にどこまで影響したか |
| 故意があったか | 刑法38条1項 | 行為の時点で何を認識していたか |
| その行為を本当にしたのか | 事実そのものの認定 | 供述以外の証拠が何を示しているか |
たとえば「覚えていない」とだけ述べた場合、責任能力の面では有利な材料になりにくく、三つ目の事実の面では否認と受け取られる、ということが起こり得ます。まずは、自分の一言がどの問いに向けられているのかを意識することが出発点になります。
責任能力とは何を指すのか
刑法39条は、1項で心神喪失者の行為は罰しないと定め、2項で心神耗弱者の行為はその刑を減軽すると定めています。ここでいう責任能力は、二つの能力の組み合わせとして説明されるのが一般的です。
- 自分がしようとしていることの善悪を判断する能力(事理弁識能力)。
- その判断に従って自分の行動を制御する能力(行動制御能力)。
精神の障害によってこれらの能力が失われている状態が心神喪失、著しく減退している状態が心神耗弱と整理されています。アルコールによる酩酊も、ここでいう「精神の障害」に含まれ得るものとして扱われてきました。つまり、飲酒が責任能力の問題になり得ること自体は、法律上あらかじめ否定されているわけではありません。
決めるのは医師ではなく裁判所
もっとも、心神喪失・心神耗弱は医学上の診断名ではなく、法律上の評価です。最高裁は、精神疾患があったからといってそれだけで直ちに心神喪失とされるものではなく、犯行当時の病状、犯行前の生活状態、犯行の動機・態様などを総合して判定すべきである、という考え方を示しています(最高裁昭和59年7月3日決定)。医師の鑑定は重要な資料になりますが、鑑定の結論がそのまま処分の結論になるわけではありません。
酩酊の分類は結論ではなく目安
精神医学では、酩酊を大きく次のように整理する説明が用いられてきました。刑事事件の解説でもよく引用されるものですが、これはあくまで議論の出発点となる目安であり、実際には境界がはっきりしない場合も多いとされています。
| 一般的な呼び方 | 説明されている状態 | 責任能力との関係 |
|---|---|---|
| 単純酩酊 | 普通に酔った状態で、言動が普段の延長にとどまる | 完全な責任能力が認められるのが通常 |
| 複雑酩酊 | 興奮や攻撃性が強く出るが、幻覚や妄想はない | 心神耗弱と評価されることがある |
| 病的酩酊 | 意識障害があり、幻覚や妄想を伴い、言動が了解しにくい | 心神喪失と評価されることがある |
注意したいのは、この表が「記憶がどれだけ残っているか」で区切られていないことです。複雑酩酊の説明では記憶が断片的になることが多いとされますが、記憶が飛んでいるから複雑酩酊である、という向きの推論はできません。飲酒した多くの方が経験する記憶の欠落は、単純酩酊の範囲でも起こり得るものとして説明されています。
記憶が飛んでいることは、判断材料の一つにすぎない
実務では、責任能力を検討するときに次のような事情が並べて見られると説明されています。記憶の有無は、その中の一項目という位置づけです。
- 飲酒前後を通じた言動が、普段のその人の人格からどれだけ離れていたか。
- 行動に一貫性があったか(移動、会話、支払い、連絡などが成り立っていたか)。
- そこに至った動機が、事情を知る第三者から見て理解できるものか。
- 幻覚や妄想をうかがわせる言動があったか。
- 行為の後に、隠す、立ち去る、言い訳をするといった状況に応じた行動をとっていたか。
- 記憶がどの範囲で欠けているか。
この並びを見ると、なぜ「記憶がない」という説明だけでは評価が動きにくいのかが見えてきます。歩けていた、会話が成立していた、店で支払いを済ませていた、といった事実が防犯カメラや決済履歴から確認できると、行動の制御そのものは働いていたと見られやすくなります。記憶が残らないことと、その場で判断や行動ができないことは、別の現象として扱われているのです。
自分で飲んだことは、どう評価されるのか
「自分から飲んだのだから責任を免れない」という説明を目にすることがあります。方向としては誤っていませんが、その理由づけには整理が必要です。
まず、飲み方が単純酩酊の範囲にとどまると評価されるのであれば、そもそも責任能力は減っていないことになり、自分で飲んだかどうかを持ち出すまでもなく完全な責任が問われます。実際の事件の多くは、この段階で結論が出ています。
その先の議論として、自ら招いた酩酊状態のもとでの行為をどう扱うかという「原因において自由な行為」という考え方があります。最高裁は、酒酔い運転の事案について、行為当時に飲酒酩酊により心神耗弱の状態にあったとしても、飲酒の際に酒酔い運転をする意思が認められる場合には刑法39条2項による刑の減軽をすべきではない、と判断しています(最高裁昭和43年2月27日決定)。飲む前の意思が、酔った後の行為にそのままつながっている場面を想定した判断です。飲み会の席で偶発的に起きた出来事に、この理屈が常に当てはまるわけではありません。
酒に酔うと人が変わると分かっていた場合
過去には、多量に飲むと病的な酩酊に陥り他人に危害を加えるおそれのある素質を自覚していた人について、飲酒を控えるべき注意義務を怠ったとして過失の責任を認めた判断もあります(最高裁昭和26年1月17日大法廷判決)。自分の酒癖を分かったうえで飲んだという事情は、責任能力の議論とは別に、非難の程度を高める方向で受け取られやすいものだと考えておいたほうがよいでしょう。
精神鑑定はどの段階で行われるか
責任能力に疑いがある場合、医師による鑑定が行われることがあります。時期によって、おおむね次のように分かれます。
- 起訴前の簡易鑑定。本人の承諾を前提に、比較的短時間で行われるものです。
- 起訴前の本鑑定。鑑定留置の手続がとられ、身柄の拘束が長く続くことがあります。
- 起訴後の公判鑑定。裁判所が鑑定人を指定して行います。
ここで知っておきたいのは、鑑定は自動的に始まるものではないという点です。弁護人から、飲酒の量と時間帯、当日の行動、過去に同じような酔い方をしたことがあるか、通院歴があるかといった具体的な事情を示したうえで、鑑定の実施を求めていくことになります。また、責任能力が問題になり得ると判断されれば、起訴されるかどうかを決める段階で結論が出ることもあります。検察官の不起訴処分には、事件が罪とならないことを理由とするものがあり、心神喪失はここに含まれるものとして扱われています。
「覚えていません」という説明が、手続の中でどう受け取られるか
記憶がないことを正直に述べているだけなのに、事実を争っている事件として扱われてしまう、という声は少なくありません。取調べの現場では、「覚えていません」は否認に近い形で記録されやすく、その結果として身柄が続く方向に働くことがあります。
他方で、実務の解説書では、酒に酔って記憶がないという供述をしたこと自体を、直ちに証拠隠滅の意図に結び付けて考えるのは相当でない、という整理も示されています。飲酒検知の結果などから相当に酔っていたことがうかがわれ、そのうえで、記憶はないが被害を受けたという話であればそのとおりだと思う、という趣旨まで述べているのであれば、事実を認めている場合に準じて判断できることが多い、という考え方です。
つまり、同じ「覚えていません」でも、そこで止めるのか、記憶がないという前提を保ったまま、分かる範囲の事実関係と今後の対応についての考えを添えるのかで、受け取られ方が変わり得ます。ただし、これは覚えていないことを覚えていることにする、という話ではありません。記憶にある部分、記憶にない部分、あとから人に聞いた話、自分の推測は、それぞれ区別したまま伝える必要があります。供述調書は内容を確認したうえで署名するもので、違う部分があれば訂正を申し立てることができます(刑事訴訟法198条)。
責任能力を争うことと、謝罪や示談を進めること
責任能力を争う主張と、反省の気持ちを伝えることは、理屈のうえでは両立します。しかし、被害を受けた側から見ると、「酔っていたから責任がない」という主張は、向き合ってもらえていないという印象につながりやすいのも事実です。示談の話し合いが進みにくくなり、結果として処分の見通しが厳しくなることもあります。
単純酩酊の範囲にとどまると考えられる事案で、無理に責任能力を争うことが本人の利益になるとは限りません。逆に、行動が普段のその人からかけ離れていたり、周囲から見て了解しにくい言動があったりする事案では、争わないまま手続が進むことも避けたいところです。どちらの道を選ぶかは、事情を具体的に整理したうえで、早い段階で決めておくべき事柄です。
避けたほうがよい対応
- 記憶がないまま、相手や周囲の説明をそのまま自分の記憶として話してしまうこと。
- 逆に、事実関係を確かめないまま「やっていない」と言い切ってしまうこと。
- 「たぶんそうだと思います」という言い方で、確認できていない部分まで認めてしまうこと。
- その場の判断で謝罪文を書いたり、金銭の支払いを約束したりすること。
- スマートフォンの履歴やメッセージ、写真などを消してしまうこと。
- 飲酒の量や時間帯について、実際より少なく、あるいは多く説明してしまうこと。
最後の点は見落とされがちです。責任能力を意識するあまり飲酒量を多く見せようとすると、他の証拠と食い違ったときに、供述全体の信用性が下がってしまいます。
弁護士に相談してできること
飲酒後の記憶がないという事案では、本人の説明だけでは事実が固まりません。弁護人が入ることで、次のような作業を進められます。
- どの店で、何を、どのくらいの時間で飲んだのかを、レシートや決済履歴、同席者の記憶から再現すること。
- 記憶が残っている時間帯と残っていない時間帯を切り分け、後から聞いた話や推測と混ざらないよう整理すること。
- 防犯カメラの映像や交通系ICカードの履歴など、時間の経過とともに失われる記録の保全を検討すること。
- 責任能力に疑いがある事案では、鑑定の実施を捜査機関や裁判所に求めること。
- 被害を受けた方への対応を、本人の記憶の状態と切り離して進められる形にすること。
取調べの前に方針を決めておけるかどうかで、その後の進み方は変わります。呼び出しを受けている段階、あるいは連絡が来るかもしれないと感じている段階でのご相談も差し支えありません。
まとめ
- 「覚えていない」という一言は、責任能力、故意、事実の有無という三つの問いに同時に向けられている。
- 責任能力は医学的な診断ではなく法律上の評価で、犯行当時の状態や動機、態様などを総合して判断される。
- 酩酊の分類は目安であり、記憶が欠けていることは判断材料の一つにすぎない。
- 歩けていた、会話ができていた、支払いができていたという事実は、行動を制御できていた方向の材料として見られやすい。
- 責任能力を争うかどうかは、示談や謝罪の進め方とあわせて、早い段階で方針を決めておく必要がある。
飲酒後の記憶がないまま手続が進んでいく状況は、ご本人にとってもご家族にとっても落ち着かないものです。当事務所では、池袋と新橋の各オフィスで、刑事事件についてのご相談をお受けしています。事実関係がはっきりしない段階であっても、今何を確かめておくべきかを一緒に整理することはできますので、お一人で抱え込まずにご相談ください。


