世界が広がる
証拠法に関する逸話として述べてみたい。
2022年6月10日付け日本経済新聞電子版が伝える「マカフィーに賠償命令、契約のために『盛った』営業トークは不法行為に問われるリスク」という見出しの記事によれば、パソコンにバンドルするセキュリティーソフトの仕入契約を巡って、パソコン販売店のS社がソフトの仕入れ先であるM社に対して、M社の営業トークに「更新率40%」を期待させる説明があり、これを信じて当該ソフトを仕入れたものの、顧客の更新率はそれには遠く及ばない低い割合であったため、多額の損害を被ったとして、東京地裁に訴えを起こしたこと、そしてその訴訟で勝訴したこと、そしてM社は控訴したがやがて控訴を取り下げたことが報じられていた。
この記事の中で、S社は、S社の従業員が残していた「更新率40%」と書いたメモを証拠に提出したようだ。
裁判所は、このメモを動かぬ証拠とみて、M社が「当社の開発した製品のセキュリティーソフトは顧客の更新率が40%にも達する優れもの」(趣旨)という営業トークを使っていたことを認め、この営業トークは事実に反するトークであるので、M社の営業は不法行為を構成する。であるから、M社はS社に損害賠償をせよ。と判示したのだ。
我々弁護士は、いつも複雑かつ困難な訴訟事件を複数抱え、カケラでもいい、証拠はないか、メモでも残していないかと、鵜の目鷹の目をもって証拠を捜している身であるので、この事件の原告代理人の苦労が目に浮かんでくる。
勝訴おめでとう、と言わせていただく。
なお、この事件の被告であるM社は、一審判決を不服だとして控訴をしたが、その後取り上げたようだ。
おそらくM社そのものが、内部でよく調査した結果、前記営業トークが述べられていた事実を確認できたので、争うことを避けたものと拝察する。
もし、そうであれば、M社の出処進退の見事さにも、賛辞を送りたい。
弁護士はいかに苦しい事件であっても、主張を尽くし,立証を尽くし、懸命の努力をすることだ。
そのときは、法の女神が微笑んでくれるに違いない。
The law helps those who help themselves.(法は、自ら助くる者を助く)のだから。