言葉23 当意即妙、軽妙洒脱なユーモアも、言葉の力
舌に乗せて使う言葉が、逆効果になる場合があります。舌禍(ぜっか)事件(じけん)などはその例でしょう。下記の二例も、その類(たぐい)でありましょう。
1.ウインストン・チャーチルの場合
ウインストン・チャーチルは、1945年7月5日に総選挙の洗礼を受けることになりました。それまで5年間、第二次世界大戦を指導し、ついにナチスドイツを倒した直後だっただけに、彼は、意気天(いきてん)を突く(つく)概(がい)に燃(も)えて、この選挙で負けることなど微塵(みじん)も考えないで、選挙戦を戦ったのです。しかし、かれの妻クレメンテインは、絶望的なほどの不安をもっていました。それは、ウインストンの辛辣(しんらつ)かつ苛烈(かれつ)な物言(ものい)いに対してです。ウインストン・チャーチルは、対立する労働党のことを、「ゲシュタボ的政策をとる政党だ。」と演説をしたからです。クレメンティンは、その演説原稿を見たとき、強く反対したのですが、ウインストン・チャーチルは、このときにはクレメンティンの言うことを聞かなかったのです。その結果、選挙で保守党は大敗を喫(きっ)してしまいました。
2.ヒラリー・クリントンの場合
日本経済新聞2020/11/23付けのコラム「米国に巣くう社会階層の溝」から、私が読み取ったメッセージは、2016年のアメリカの大統領選挙では、共和党のトランプ氏が勝利したが、それは彼がラストベルト(さびた工業地帯)のウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニアなどで勝利したことが大きかった。しかし、2020年の大統領選挙では、民主党のバイデン氏がこれらラストベルトで勝利を収めた。16年の時にトランプ氏が勝ったのは、そのときの民主党の候補者であったヒラリ-・クリントン氏がトランプ氏支持者を「嘆かわしい人たち」と批判したこと。これに対し、20年の時にバイデン氏が勝ったのは、バイデン氏が16年の選挙の時にトランプ氏を支持した人たちを軽蔑することなく、「共感と敬意をもって」語りかけことが原因していると思われる、というものです。以上の二つの挿話(そうわ)は、政治家が、選挙民の信頼を得るには、①まず民意を正しく把握すること、②対立する政党およびその支持者に対し紳士的に振る舞うこと、③そのための言葉選びに最大の注意を払うことが必要だということだと思います。いずれにせよ、ウインストン・チャーチルの「ゲシュタボ的政策」と言った言葉も、ヒラリー・クリントンの「嘆かわしい人たち」と言った言葉も、決して褒められたものではありません。逆効果にならない言葉を使うことは大切です。