遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで⑨
3 特別受益者等の相続分(具体的相続分)
【条文紹介】
(特別受益者の相続分)
第903条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第900条から第902条までの規定により算定した相続分(著者注:相続人の法定相続分、代襲相続人の法定相続分、遺言者が指定した相続分のこと)の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
【解説】
1 規定の趣旨と持戻し
この規定は、特別受益者、すなわち、共同相続人中で、被相続人から遺贈又は一定範囲の贈与を受けた者は、遺産分割の際、遺産だけでなく贈与も含めた財産の額(Step1)に、法定相続分又は指定相続分を乗じて算出した金額(Step2)から、その遺贈又は贈与の価額を控除した残額(Step3)をもって遺産分割の基準にするというものです。
この遺産分割の基準になる金額は「具体的相続分」といわれます。
なお、後述の寄与相続人がいる場合の遺産分割の基準になる金額(904の2)も、具体的相続分といわれます。(下記判例参照)。
【参判例】
最高裁判所大法廷平成平成28年12月19日決定
・・・遺産分割審判・・・の手続において基準となる相続分は,特別受益等を考慮して定められる具体的相続分である(同法903条から904条の2まで引用)。
特別受益の意味
第903条の中の「遺贈」と「贈与」を「特別受益」といいますが、その内容は、次のものになります。
ア)遺贈は、共同相続人のうちの誰かが遺言によって取得した遺産の意味ですから、特定遺贈と特定財産承継遺言になります。
イ)贈与は、「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与」に限られます。
ウ)生命保険金が特別受益になる場合の基準
なお、遺贈も贈与も、それを受ける相続人からみれば、特別に得た利益ということができることから「特別受益」といわれますが、そうであれば、被相続人が生前に保険料を支払い、被相続人の死亡によって特定の相続人に生命保険金が支払われる場合の、特定の相続人の利益も、特別受益になるのではないかという疑問が生じます。
それについては、次の判例が、生命保険金が特別受益になる場合のあることを認め、その要件を定めています。
【参照判例】
最高裁判所平成16年10月29日第二小法廷決定
上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は,被相続人が生前保険者に支払ったものであり,保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると,保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。
第903条は、結局のところ、遺贈は遺産分割の別渡し、贈与は遺産分割の前渡しとして、残りの遺産を分割する際に、特別受益者からその特別受益を戻させる計算をせよということになるのです。
その計算は「持戻し」といわれます。
遺贈については「遺贈の持戻し」、贈与については「贈与の持戻し」といいます。
2 持戻しの結果、具体的相続分が0又はマイナスになる相続人が出た場合
特別受益が大きい場合、具体的相続分が0かマイナスになることもあります。そのときは、特別受益者は、遺産分割あずかることはできません。
【根拠条文】
(特別受益者の相続分)
第903条
2 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3 持戻し免除の意思表示がある場合は持戻しをしない
前記特別受益の持戻しをするのは、公平な遺産分割を実現するためですが、被相続人が、生前、持戻し免除の意思を表示している場合は、持戻しはできません。
【根拠条文】
(特別受益者の相続分)
第903条
3 被相続人が前2項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。
なお、被相続人の持戻し免除の意思表示は、明示の意思表示でなされる場合もありますが、黙示の意思表示でなされる場合もあります。
黙示の意思表示というのは、被相続人の生前における言動から、被相続人の意思を忖度して、被相続人は持戻し免除の意思を表示していたと裁判所が認めたときに、認められます。
4 特別受益の評価の基準時
特別受益のうち「贈与」は、相続開始前になされていますので、相続開始時には、その価額が変動している場合もありますが、具体的相続分を算出する場合、贈与の額は、次の規定により、相続開始時の金額とされています。
【根拠条文】
第904条 前条に規定する贈与の価額は、受贈者の行為によって、その目的である財産が滅失し、又はその価格の増減があったときであっても、相続開始の時においてなお原状のままであるものとみなしてこれを定める。