遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで⑧
第3章 相続の効力
1 相続の一般的効力
【条文の引用】
第896条 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
【解説】
相続の一般的な効果は、相続人が相続開始の時から被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継するということです。ただし、被相続人の一身に専属したもの(「一身専属権」といいます。例えば、扶養請求権など)は、相続の対象ではありませんが(896)。
現在人の多くは、この第896条を見ると、相続権は人類普遍の天賦の権利に思えるかもしれませんが、相続権は決して天賦の権利ではなかったのです。
相続は、私有財産制が採用されていない国や時代には、認められていません。例えば、1917年の革命によって樹立されたソ連は、1918年に相続法を廃止しました。ですから、ソ連は、相続の権利は一切認めないことにしたのです。もっとも、ソ連は1922年にこれをゆるめ1万ルーブルの限度で配偶者と子に限り相続を認め、やがては相続法を復活させましたが。
また、財産の私有が認められていた国や時代でも、相続権が当然に認められてきたわけではありません。例えば、古代ローマでは、遺言権は認めても、相続権は認めていなかったのです。
外国の例でも、財産の世代を超える承継を、当然に認める法政をとってはいても、相続人の権利である相続権を認めたものは少なく、承継させる被相続人(遺言者)の権利である遺言権を認める方が多かったのです。
さらに、我が国の戦前の相続法を見れば、自明のことですが、相続人に等しく相続権を認めていたわけではありません。
財産の世代から次の世代への承継は、家督相続制度の下、長男子単独相続が原則とされ、長男子以外の家族には相続する財産はないということを原則としていたのです。これは、“かまどの灰まで長男の物”という言葉が、その実体を雄弁に物語っているのです。
しかし、現在の我が国の相続法は、子なら当然に相続人になり、しかも、子は平等の扱いを受ける、いわゆる均分相続を相続の柱に据えたのです。
【遺言権】
当然のことながら、我が国でも遺言権は認められ、その制度的保障として遺言執行者制度が設けられているのですが、その実、我が国では、これまで遺言権の影は薄く、相続権のみが強調されている感があります。
それには、改正前の民法第1015条が「遺言執行者は、相続人の代理人とみなす。」という規定ぶりであったことも一因をなしているように思えますが、この規定の字句は、誤解を与えやすいという理由から、平成30年改正法では、「遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接にその効力を生ずる。」(1015)に改められました。
なお、民法1015条の字句の改正の背景については、第7章で詳述する予定です。