遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで⑩
新相続法の第1章は、総則規定4条を置いています。
総則規定とは、相続法の書き出しの部分で、基本になる事項を定めたものです。
次の条文からなります。
【条文紹介】882~885
(相続開始の原因)
第882条 相続は、死亡によって開始する。
(相続開始の場所)
第883条 相続は、被相続人の住所において開始する。
(相続回復請求権)
第884条 相続回復の請求権は、相続人又はその法定代理人が相続権を 侵害された事実を知った時から5年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から20年を経過したときも、同様とする。
(相続財産に関する費用)
第885条 相続財産に関する費用は、その財産の中から支弁する。ただし、相続人の過失によるものは、この限りでない。
【解説】
1 相続開始の原因(882)
相続開始の原因は、人の死亡だけです。
失踪宣告
人の死亡の中には、失踪宣告があります。
失踪宣告は、①人がそれまでの居所を離れ不在者になりその生死が7年間明らかでない場合になされる普通失踪宣告と、②沈没した船舶に在った者など危難に遭遇した者が危難が去った後1年間生死が明らかでない場合になされる特別失踪宣告がありますが、①の場合は7年の期間が満了した時に、②の場合は危難が去った時に、それぞれ死亡したものとみなされます(民法30条、31条)。
同時死亡
親子が、同一の不慮の事故で死亡したが、いずれが先に死亡したかが分からないような場合は、同時に死亡したものと推定され、この場合は、お互いに、他方の相続人にはなりません(民法32条の2)。
2 相続開始の場所(883)
相続は、被相続人の住所において開始しますが、これは相続事件の裁判管轄を決定する基礎になりますので、総則の章に規定されています。
3 相続回復請求権(884)
民法884条は、相続回復請求権に関する規定です。
この請求権は、例えば、虚偽の嫡出子出生届がなされ戸籍上実子になった者が財産の相続をしたような、現在においては極めてレアなケースにおける、真正な相続人の権利回復に関する規定ですので、現在時点で問題になることは極めて少なく、本書では解説は割愛いたします。
4 相続財産に関する費用(885)
相続財産に関する費用は、その財産の中から支弁すると定められています(885)。
ここで「相続財産」とは、被相続人が死亡した時点で遺した財産のことをいい、「遺産」とは同義語です。
相続財産は、後述しますが、相続人が数人あるときは、その共有に属することになりますので(898)、相続人はその財産を固有財産におけるのと同一の注意をもって管理しなければならず(918)、それには費用がかかります。
【参照条文】
(共同相続の効力)
第898条 相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。
(相続財産の管理)
第918条 相続人は、その固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産を管理しなければならない。ただし、相続の承認又は放棄をしたときは、この限りでない。
その費用について、法は、相続人が負担するのではなく、相続財産の中から支弁するものと定めています(885)。
ですから、注意すべきことは、相続人には、その費用を負担する義務はないということです。
実務では、遺産である不動産に修理が必要だとして、それに要する修理代を、他の相続人に分担するよう要求する相続人が、現れることがありますが、相続人には、相続人固有の義務として、修理費用などの分担義務はないのです。
相続開始後から遺産分割までの間に発生した費用は、現実には、特定の相続人が一時的に負担することはあるでしょうが、その費用は相続財産の中から返還されるべきことになるのです。
無論、相続人全員が、同意をして費用を分担することは問題ありません。ただ、強制ができないというだけです。
では、ここでいう相続財産に関する費用というのは何かといいますと、固定資産税、地代、家賃、上下水道料金、電気料金や火災保険料などと解されています。
不動産の修理費用は微妙な問題を含むと思われます。
当該不動産に居住して、やがては当該不動産を遺産分割で取得することになる相続人にとっては、修理を必要とする事情があっても、他の相続人にはその必要を感じないというような場合は、その修理費用を、相続財産の中から支弁すること自体難しいものになると思われます。
なお、いうまでもないことですが、葬儀費用や法事に要する費用、それに相続税は、ここでいう相続財産に関する費用ではありません。
葬儀費用は、葬儀の内容(規模・喪主の社会的地位など)や、参会者の属性などによって、喪主が負担すべきもの(喪主に一定以上の社会的地位があって、盛大な葬儀を行うような場合は喪主負担)と相続人全員が負担するもの(少人数から成る家族葬を行う場合)があると考えられます。
5 遺産分割までに生じた果実の帰属者
これは費用の問題ではなく、収入の問題になりますが、遺産分割前の相続財産から生ずる果実(家賃や地代という法定果実、野菜・米・果物などの自然果実)は、全相続人がそれぞれの相続分で分割して取得することになります。
実は、民法909条本文は「遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。」と規定していることから、相続財産から生ずる果実も、遺産分割で当該相続財産を取得した相続人に帰属するとの解釈がなされていた時期もありますが、平成17年に次の最高裁判決が出され、相続開始後遺産分割までに生じた果実は、全相続人が相続分の割合で取得するとの解釈が判例になったのです。
この点は、誤解されやすいところですので、知っておくべきものと思います。
【参照条文】
第909条 遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。
【判例の引用】
最高裁判所第一小法廷平成平成17年9月8日判決
遺産は,相続人が数人あるときは,相続開始から遺産分割までの間,共同相続人の共有に属するものであるから,この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は,遺産とは別個の財産というべきであって,各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である。遺産分割は,相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は,後にされた遺産分割の影響を受けないものというべきである。