遺産分割⑬ 持戻し計算がなされる特別受益の範囲
家事審判官
「葬儀費用の負担についても,議論があるようですね。」
甲
「そうです。父(被相続人)の葬儀は私が喪主となって執り行いました。その費用は香典を充てた以外は全額私が負担しています。また,初七日,四十九日の法事もしましたが,その費用は全額私が負担しています。これらの費用は,子3人が平等に負担するべきなのに,乙も丙も,葬儀費用は喪主である私が負担すべきだと言って,自分たちは,その負担をしようとしないのです。私たち兄弟3人は,法定相続分が平等と定められています。だったら,子の義務でもある葬儀や法事にかかった費用も,平等に負担すべきではないのですか?
家事審判官
「冷たい言い方になるかもしれませんが,葬儀費用や法事の費用は,遺産ではありません。ですから,遺産分割の審判で取り上げられることはありません。遺産分割の調停では,相続人全員の合意が得られた場合は,その合意内容を,調停調書に書くことはできますが,そうでないばあいは,別途相続人間で話し合うか,地方裁判所又は簡易裁判所で争っていただくほかありません。
【参照】
葬儀費用の負担者についての諸説というのは,
①慣習によって決めるべし、②喪主(葬式の主宰者)が負担するべし、③相続人が相続分の割合で負担するべし、④相続財産に関する費用と考え相続財産が負担するべし(実質的には③と同じ)等ですが,
裁判例としては,
ア 相続人説として,津地判平14.7.26は、
①相続人には条理上葬儀費用等を相続分の割合で分担すべき義務がある。
②その費用は、被相続人を弔うのに直接必要な儀式費用のみである。
③具体的には、死亡届文書代・葬儀社に対し支払った金額のうち会葬礼状代、ドライアイス、受付セット、コンパニオン費用、会館使用料、貸し布団使用料、サービス料、早期利用費、会員費、奉仕者へ支払った奉仕料、自治体への葬祭用具使用料、お寺への読経,車代である。
④その他の費用すなわち通夜,告別式等の会葬者等の飲食代金や返礼の費用,籠盛,生花,放鳥,戒名代,法要代,お寺への納骨冥骨金等は相続人が負担すべきものではない。
⑤なお、香典は、喪主が負担することとなる④の費用に先に当てられるべきであり、先に相続人らが負担すべき②の葬儀費用に当てられるべきものではない。
旨判示しています。
イ 喪主説(一部は祭祀の主宰者説)
名古高判平24.3.29は、
①葬儀費用とは,死者の追悼儀式に要する費用及び埋葬等の行為に要する費用(死体の検案に要する費用,死亡届に要する費用,死体の運搬に要する費用及び火葬に要する費用等)と解される。
②追悼儀式に要する費用については同儀式を主宰した者,すなわち,自己の責任と計算において,同儀式を準備し,手配等して挙行した者が負担し,埋葬等の行為に要する費用については亡くなった者の祭祀承継者が負担するものと解するのが相当である。
③なぜならば,追悼儀式を行うか否か,同儀式を行うにしても,同儀式の規模をどの程度にし,どれだけの費用をかけるかについては,もっぱら同儀式の主宰者がその責任において決定し,実施するものであるから,同儀式を主宰する者が同費用を負担するのが相当であり,他方,遺骸又は遺骨の所有権は,民法897条に従って慣習上,死者の祭祀を主宰すべき者に帰属するものと解されるので,その管理,処分に要する費用も祭祀を主宰すべき者が負担すべきものと解するのが相当であるからである。
と判示しています。