遺産分割④ 前提問題と中間決定制度
3 ガス抜きはガス抜きにならず,ガスを充満させて爆発の危険あり
調停委員の中には,遺産分割の調停の席で,当事者である相続人に対し,相手方に対して言いたいことは,何でも言ってください,という勧めをする人が,結構な数いるように思えます。
そのようなことをいう,調停委員に発言の意図を訊くと,言いたいことを言わせることが“ガス抜き”になるというのです。
“ガス抜き”という言葉は,それ自体,些か相続人を軽く見た物言いですが,言いたいことを言うことは,言う人にとっても,相手方にとっても,“ガス抜き”になるどころではありません。
時間を追うごとに,濃度を高めた毒ガス攻撃の応酬になるのが落ちなのです。
遺産分割が成立するまでには,前段だけでも,遺産の確定,特別受益や特別受益の持戻し免除,寄与分など,確定すべきことが多数あり,後段でも,どの遺産を誰が取得するかなど遺産分割方法の確定を巡って,深刻な争いが起こる可能性があるのですが,その上に,“言いたいこと”を言わせることは,争いをより深刻にすることになるのです。
私が調停委員をしたときの例ですが,三期日にわたって,相手方(兄)が申立人(妹)を罵るがごとく,調停委員に向かって気を吐いていた調停事件がありました。私は,調停委員の一人の後任になって,四期日目にはじめて相手方(兄)と顔を合わせたことがありました。
その調停の席でのこと,
相手方(兄)
「今度の調停委員さんは,私の話を聴くのははじめてですね。それなら,私は,最初からお話ししますので,よく聴いてくださいよ。」
調停委員(私)
「いいえ。あなたのお話しはお聴きしませんよ。これまで三期日にわたってあなたがお話しされたことの概略は,私も間接に聴いています。しかしながら,その話は,あなたの相続分を増やす理由にも,減らす理由にもなりませんのでね。あなたの相続分が増え,申立人(妹)の相続分が少なくなる話ならお聴きしますが,それ以外のお話しは,お聴きしても,意味がないからです。」
相手方(兄)
「・・・(びっくりしたような表情をみせながら)・・・」
調停委員(私)
「無論,あなたの妹さんからも,それに関連したお話しをお聴きすることはありません。」
相手方(兄)
「・・・・・分かりました。では,妹からの提案の遺産分割案で結構です。」
このような経緯から,その日のうちに,遺産分割の調停が成立したという経験を持っています。
私たち人間は,“理”と“情”の世界に生きている動物です。
“情”を誘えば,“情”が激すこと,自明の動物です。
しかしながら,“理”に訴えれば“理”で応える理性の人でもあるのです。
“言いたいことを言わせるのが,ガス抜きになる”という思想は,どこか人間理解に欠けた発想のようにしか思えません。
4 調停委員の課題
私は,つねづね,調停委員さんは,遺産分割にはつながらない感情論は,“言わせない”“聴かない”“相手方に伝えない”という態度を持して,申立人にも,相手方にも,そのことを明確に伝え,また,自らも厳守するという態度をとるべきだと思っています。
調停委員さんが,そのような態度をとれば,今の遺産分割の調停の遅れは相当程度減るであろうと考えているのです。
遺産分割の調停に出席する相続人を,“情の勝った人間”と断ずるのではなく,“理に優れた人間”と考えるべきだと思うのです。
5 相続人の代理人になる弁護士の課題
事のついでにですが,それと,相続人の代理人になって,遺産分割の調停に出席する弁護士自身,法律を無視した遺産分割の要求や,遺産分割にはつながらない依頼者の感情的な要求は“しない。できない。勧めない。”という自覚を持ち,依頼者を十分納得させて,調停の席に臨むべきであろうと思っています。
これができれば,今の遺産分割の調停にかかっている時間は,半減するのではないかと考えているところです。
弁護士が,上記のような自覚を持てば,当然,調停委員さんも調停を進める進め方がずいぶん楽になるだろうと思われます。