交通事故 43 遅延損害金
1 知らなきゃ損する保険
人身傷害保険は、平成10年の保険自由化の後、開発され、ほとんどの自動車保険に付保されている、すぐれた保険商品である。
すなわち、交通事故の被害者が、加害者に対して、損害賠償請求訴訟を起こした場合で、被害者にも過失ありとされると、総損害額から、被害者の過失割合分が、差し引かれる。
例えば、被害者に1億円の損害があり、被害者に2割の過失があるとされると、被害者から加害者に対しては、1億円×(1-0.2)=8000万円しか損害賠償の請求が出来ないことになるが、このとき、この保険に入っておれば、保険会社より、総損害額と過失相殺後の損害賠償額との差額である2000万円が被害者に支払われるのである。
その結果、被害者に生じた損害1億円は、全額、支払ってもらえることになる。
要は、被害者が過失相殺によって減額される損失分を補てんするのが、この保険の1つの特徴なのである。
2 他の特徴
この保険による補てんを受け得るのは、被保険者だけでなく、その配偶者(内縁を含む)や同居の親族、同居していない未婚の子等にまで広い範囲に及んでいるだけでなく、被保険自動車以外の車両に乗車していた場合の事故や歩行中の事故、自転車搭乗中の自動車事故、自損事故にも適用があるので、補償の範囲は実に広い。
3 注意を要するのは、訴訟を起こさなければ、このメリットは享受できないこと
訴訟を起こさない場合は、この人身傷害保険によって支払われる保険金は、保険会社の基準によって計算された金額になるので、裁判基準による金額より低くなる。
最判平24.2.20は、人身傷害保険は、被保険者に過失があるときでも,過失相殺前の「裁判基準損害額」及び、事故日からの遅延損害金が確保できるようになっている保険である旨判示した。
説例⑴ ここで、具体例を出す。
前提を、
① 裁判例が認定した総損害額 1億円
② 過失相殺 20%(したがって、過失相殺後の損害賠償請求権は8000万円)
③ 人身傷害保険の支払可能額 1億円
④ 人身傷害補償保険の基準による総損害額(要は、保険会社基準額) 7000万円
とした場合、
被害者は、加害者から、8000万円(総損害額から過失相殺分を差し引いた金額)の支払を受けた後、保険会社から人身傷害保険より2000万円の支払を受けることができる。
要は、加害者に対する損害賠償の請求が、自身の過失20%が相殺されて、本来の損害額の80%しか認められなかったことによる、補てんされない金額分2000万円が、この保険によって、支払われるのである。
上記の金額は、被害者が加害者に対し訴訟を起こしたことにより、裁判基準で損害額が認定されたことによる金額であるが、被害者が訴訟を起こさなかったときは、どうなるか?
その場合は、被害者の総損害額は、保険会社基準の7000万円になり、保険会社から7000万円が支払われるだけになり、裁判基準より3000万円低くなる。
4 被害者は、人身傷害保険の支払を受けた後でも、加害者に対し訴訟を起こすことは出来る
説例⑴で、被害者(人身傷害保険の被保険者)が、保険会社より、人身傷害保険金7000万円の支払を受け得ることは前述のとおりである(この場合、保険による支払可能額は1億円であっても、保険会社基準による総損害額が7000万円であれば、被保険者は7000万円しか支払を受けることは出来ない)が、被害者は、加害者に対し、裁判基準による損害賠償の請求訴訟を起こすことは出来る。そして、裁判基準で、被害者の総損害額が1億円と認定され、被害者の過失が2割であるとされると、被害者は加害者に対し、8000万円の請求ができる。しかし、被害者はすでに保険会社より人身傷害保険7000万円の支払を受けているので、加害者から8000万円の支払を受けると、7000万円+8000万円=1億5000万円の支払を受けることになるので、これは裁判基準の1億円を超えることになる。この場合は、その超える部分は、被害者の保険会社に移転することになる(最判平24.2.20・訴訟差額説)。
これを整理すると
① 裁判所が認定した総損害額 1億円
② 過失相殺 20%(したがって、過失相殺後の損害賠償請求権は8000万円)
③ 人身傷害保険の支払可能額 1億円
④ 人身傷害保険の基準による総損害額(要は、保険会社基準額) 7000万円
であるが、
⑤ 被害者は、最初に、人身傷害保険より7000万円の支払を受けたとすると、
⑥ 被害者は、総損害額1億円の残り3000万円を加害者に請求できることになる。
⑦ その場合、加害者は、被害者に3000万円を支払っても、もともとの損害賠償債務は8000万円なので、残りの債務は5000万円あり、これを被害者の保険会社に支払うことになる(被害者の保険会社が加害者に対し5000万円の権利を取得するのは、被害者と保険との保険約款・権利移転の約束による「代位請求権」として)。
以上、要するに、被害者は加害者に対し、訴訟を起こせば、判決より前に、先に自身の保険から先に人身傷害保険金の支払いを受けようが、加害者から損害賠償額の支払を受けた後で裁判基準による総損害額から損害賠償額を引いた差額の支払いを受けようが、結果として、過失相殺前の「裁判基準損害額」及び、事故日からの遅延損害金が確保できるようになっているのである。