交通事故 43 遅延損害金
1 社会保険との関係
交通事故の被害者は、①自賠責保険に対し損害賠償額の請求が出来るが、同時に、②労災保険や健康保険(これを合わせて「社会保険」という)に対し、給付の請求もできる。ただし、被害者は、同じ損害について、重複した給付は受けることはできない。
被害者が社会保険から給付を受けた場合は、社会保険は、その給付にかかる被害者の権利を取得する。この結果、社会保険は、給付額の範囲で、自賠責保険に請求(代位請求)が出来ることになる。
2 労災保険
⑴ 業務災害と通勤災害
被害者が労働者として、業務災害又は通勤災害を受けると、労災保険から、各種の補償給付(業務災害の場合は「補償給付」、通勤災害の場合は「給付」)を受けることができる。
①治療費や、②休業損害金(ただし、60%+休業特別加給金20%=80%まで)、③後遺障害給付金等であるが、慰謝料や付添看護費などは、給付の対象になっていない。
⑵ 交通事故の場合
交通事故の場合も、それが業務災害や通勤災害であれば、当然、保険給付がなされる。ただ、加害者がいる場合、労災保険給付の手続には、労働基準監督署長あての「第三者行為災害届」が必要になる(これは、後日社会保険が加害者や自賠責保険に対し代位請求をするための情報提供が目的)。
⑶ 自賠先行通達
通達(労働局長昭和41.12.16基発第1305号)では、労働者は、労災保険よりは、自賠責保険を先に受けることと定めている。しかし、この通達は、被害者を拘束しないので、被害者は、自賠責保険と労災保険のいずれを先に受けるかの選択が可能である。
被害者としては、通常傷害の場合は、自賠責保険金の限度額が120万円であるので、労災保険から先に給付を受けた方が有利である。
3 健康保険
健康保険も、労災保険と同様、「第三者の行為による傷病届」を提出して、保険給付を受けることになる。
4 社会保険と自賠責保険の調整
例えば、被害者が社会保険から70万円の治療費の給付を受けたが、加害者に対し、休業損害金等で80万円(ただし自賠責基準で)の請求権がある場合を前提に考えてみる。
この場合、社会保険は被害者に対し70万円の給付をしたので、自賠責に対し70万円の代位請求(「求償」ともいう)ができることになるが、被害者も自賠責保険に対し80万円を請求する権利がある。しかし、自賠責保険の限度は120万円であるので、自賠責保険は、被害者へ80万円、社会保険へ70万円を支払うことはできない。
そうすると、自賠責保険の限度額120万円は、誰に、いくら、支払われるのか?という問題が生ずる。
これについては、従前の実務の扱いは、自賠責保険は、被害者と社会保険に対し、案分で支払う扱いをしていたが、最判平20.2.19は、被害者に優先的に支払うべきものと判示した。上記の例では、自賠責保険は、被害者に80万円を支払わねばならないことになる。その結果、社会保険へは、自賠責限度額120万円-被害者への支払額80万円=残金40万円を支払うことになる。実務も、最判に沿って運用されるに至った。
5 誤った情報
ずいぶん昔は、病院側が、交通事故による怪我の治療には社会保険を使えないという誤った説明をしたため、治療費については社会保険の適用を受けない自由診療報酬を基準に、したがって、より高額の治療費を自賠責保険から支払ってもらうことになった(治療費が高い結果、自賠責の損害賠償額の残金が少なくなるという不利益の他、高くなる治療費のうち被害者の過失分が自己負担になるという二重の不利益を受ける結果になっていた)被害者の例が散見されたが、交通事故による傷害について、社会保険の利用は、当然できるので、間違わないようにしたいものである。