交通事故 66 ヘルニア
1 意味
素因減額とは、後遺障害が、交通事故と、被害者の心因的な原因・既往の疾患・身体的特徴等、被害者側の素因、とが競合して生じた場合に、加害者に対する損害賠償額から被害者側の素因に対応する金額を減額する、ことをいう。
なお、素因には、心因的素因と体質的・身体的素因があるが、素因減額をするかどうかは、個別に検討されて、決められる。
2 裁判例
最判昭63.4.21は、「身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為のみによつて通常発生する程度、範囲を超えるものであつて、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができるものと解するのが相当である。」と判示し、外傷性頸部症候群の症状を呈した後、10年以上も治療を続けた被害者につき、事故後3年間に発生した損害のうち4割の限度でのみ損害賠償を認めた原審判決を支持した。
この事件は、軽微な追突事故。加害車には若干の凹損が生じていたのみ。被害車には肉眼では識別できないが手指の感触によつて他の部分との違いがわかる程度の僅かな凹損等が生じていたのみ、という事故。被害者も事故直後は、何ら異常はない旨述べていた。それがその後被害者が医師から50日の安静加療を必要とするとの診断され、即時入院するよう言われ入院をし、以後、牽引、消炎剤、止血剤の投与等の治療、軽いマッサージの治療が始まつたが、数ヶ月後から頑固な頭痛、頸部強直、流涙等の症状が続き、翌年、頸部強直、左半身のしびれ、頭痛、嘔気、流涙等の症状が固定し、用便等のほかはほとんど離床せず等の症状が出るなどしたが、裁判所は、これらは、自己暗示にかかりやすく、自己中心的で、神経症的傾向が極めて強い被害者の性格によるものであるとして、前述のように
、事故後3年間の損害の4割を事故によるものとしたのである。
3 素因減額の対象になるもの
⑴ 心因的素因(2の最判等)
⑵ 既往症・疾患(最判平8.10.29は事故前から頸椎後縦靱帯骨化症等に罹患していた被害者につき素因減額をした)は素因減額の対象になる。
4 素因減額の対象にはならないもの
⑴身体的特徴は、素因減額できない
最判平8.10.29は、普通の人より首が長いという特徴をもっていたために、そのことも原因となって、左胸郭出口症候群やバレ・リュー症候群を生じた被害者について、身体的特徴は素因減額の対象にはならないと判示した。
⑵妊娠
・妊娠は、疾患ではないので、妊娠により治療期間が延びた場合、素因減額は出来ない(東京地判平15.12.8)。
⑶ 年齢相応の身体的状態
大阪地判平15.2.20は、骨密度低下が、右大腿骨骨折や右股関節機能障害の原因になったとしても、それが年齢相応のものであれば、素因減額の対象にはならない、と判示した。
5 椎間板ヘルニア等に関する裁判例
・椎間板ヘルニアは、一般には疾患と考えられているが、交通事故によっても生ずるので、事故前にヘルニアと診断されたことのない被害者につき事故後生じた椎間板ヘルニアは交通事故によるものと認定され、素因減額がなされなかった事例がある。
・脊柱管狭窄症も加齢的変化によるもので疾患ではないとして素因減額がされなかった裁判例もある。