遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
施設内事故 1 誤嚥事故
1意味
誤嚥事故とは、飲食物を食堂ではなく気道(肺に流入する空気の通路。口・鼻孔・咽喉・喉頭・気管・気管支の部分)に入れてしまうこと、又は、食物でない物を誤って飲み込むこと、を言います。物が気道を詰まらせると、4分以内にこれを除去しないと死亡してしまうか、重篤な脳障害を引き起こしますので、施設では、特に注意を必要とする事故になります。
2施設に責任があるとされる場合
施設に責任があるとされるのは、その状況の下では、誤嚥事故を予見することが可能である場合(「予見可能性」がある場合)で、その事故の結果を回避することが可能なとき(「結果回避可能性」がある場合)に、予見をしなかった(「予見義務」違反がある場合)か、結果回避措置をとらなかった(「結果回避義務」違反がある場合)です。
事例の① 無認可保育所で乳幼児が吐瀉物を詰まらせ窒息死した事件
事実
その保育所では、4人の乳幼児を1人で見ていたが、乳幼児をベッドに入れたまま隣の部屋で25分間も書類作成をしていて、その間、目を離していた。乳幼児が嘔吐したことに気が付きながら、人工呼吸等の措置をとらなかった。
施設の責任肯定
施設側には、乳幼児を注視し続け一瞬たりとも目を離したりしてはいけないほど高度な注意義務はないが、乳幼児が食べたものを嘔吐し、気管を詰まらせることがあることは、一般にもよく知られているし、乳幼児が嘔吐したという顕著な外部的徴表により異常を示した場合には即座に気づいて対応しうる程度の注意義務はあるが、それを怠った。(千葉地裁平5.12.22判決)
事例の② 特別養護老人ホームでショートステイ中の高齢者が朝食直後に意識を失い死亡
事実
ア)入所者が食事の際食物を口にため込んで飲み込むまでに時間がかかる者だということは知っていた。朝食直後に意識不明状態であった。
イ)それに気が付いた後、15分以上吸引器を取りに行くことも救急車を呼ぶこともしなかった。
施設の責任肯定
アの時点で、直ちに誤飲を疑うべきだった。そして、すぐに救命措置をとるべきだった(横浜地裁川崎支部平12.2.23判決)
事例の③ 老健施設入所中の高齢者がこんにゃくをのどに詰まらせ窒息死
事実
入所者がこんにゃくを食べ、気道を詰まらせ死亡した。
施設の責任否定
その入所者は事故以前から普通食を問題なく食べていた。摂食障害はなかった。この日食べたこんにゃくは出来るだけ通常の家庭料理に近い食事を提供しようとする施設の目的に合致し、整腸作用などの観点からこれを提供したことに問題はない。しかも、こんにゃくは小さく切り分けてあった。施設の監視体制として、職員が巡回し、必要な介護を与えていたし、付き添いが必要な者の食事の時間をずらし、監視が行き届くようにしていた。気道を詰めた後の救命措置にも問題はない。なお、救命方法の選択は、患者等の容体を踏まえた上で、実施者が適切と思われる方法を選択し、それが医学上通常行われている方法で行われれば、それでよい(横浜地裁平12.6.13判決)。
事例の④ 精神神経科の入院患者が白玉団子をのどに詰まらせ窒息死
事実
患者は、嚥下障害の副作用がある薬剤の投与を受け、ろれつが回らなくなっていた。直前に燻製卵を食べようとしてむせていた。しかし、それまで食事の摂取状況に著しい異常は見られなかった。病院は、嚥下障害の副作用を抑える薬剤を投与していた。
施設の責任を否定
直径2センチの白玉団子が特に誤嚥を誘発しやすい食材とは言えない。白玉団子で過去に誤嚥事故を起こした例はない。したがって、団子の提供には過失はない
施設には、食事の状況を常に監視すべき注意義務はない。病院は、通常有効とされている救命方法は全て行い、異物の除去を試みている。救命措置に不備があったとは言い難い(旭川地裁平13.12.4判決)
事例の⑤ 特別養護老人ホームでショートステイ中の高齢者がこんにゃくと、はんぺんをのどに詰まらせて窒息死
事実
75歳。総入れ歯の装着あり。家族から嚥下障害があることが告げられていた。こんにゃくを食べさせた後、嚥下動作を確認することなくはんぺんを食べさせた。
施設の責任を肯定
こんにゃくが嚥下障害者の食事に向かないことは介護業界で広く知られている。こんにゃく等を食べさせるに際しては、誤嚥を生じさせないよう細心の注意を払う必要があったがそれを怠った(名古屋地裁平16.7.30判決)