遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
遺言に、遺言執行者の指定文言がない場合、遺言執行者の選任を求めることは可能か?
1 民法1010条
民法1010条は「遺言執行者がないとき、又はなくなったときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求によって、これを選任することができる。」と規定されていますので、遺言執行者の選任の申立は可能なはずですが、遺言があり、遺言の中に遺言執行者を選任する文言がない場合、常に遺言執行者の選任の申立ができるかというと、そうではありません。
2 遺言執行者の選任が必要な場合
遺言事項の中には、遺言執行者による執行行為を予定しているものがあります。
① 遺言による推定相続人の廃除
民法893条は「被相続人が遺言で推定相続人を廃除する意思を表示したときは、遺言執行者は、・・・その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求しなければならない。」と規定しています。
② 推定相続人の廃除の取消し
民法894条2項は、遺言による、推定相続人の廃除の取消しの場合も、遺言執行者がなすべきことを定めています。
③ 認知
民法781条2項は「認知は、遺言によっても、することができる。」と定め、戸籍法64条は「遺言による認知の場合には、遺言執行者は、・・・その届出をしなければならない。」と定めています。
この3つについては、遺言執行者が必要であること明らかです。
3 遺言執行者の関与を必要としない事項
相続分の指定、遺産分割方法の指定については、遺言執行の余地のないことは、これまで解説したとおりですから、遺言執行者の選任は不要であり、その申立も認められません。
4 包括遺贈はどうか?
広島高等裁判所岡山支部昭和52.7.8決定事案を紹介します。
この事件は、相続人がいない遺言者が、遺産全部をAに遺贈するという遺言を書いて、亡くなった後、Aから遺言執行者の選任を申立をした事件です。
原審の岡山家庭裁判所は、全部の財産の包括遺贈の場合、遺言者が死亡すると当時に、遺贈の効力が発生するとともに全遺産は受遺者に移転するから、遺言の執行という観念を容れる余地がない、として、遺言執行者の選任の申立を却下したのですが、広島高等裁判所岡山支部昭和52.7.8決定は、理屈は原審のいうとおりだが、「遺贈による不動産の取得登記は、判決による場合を除き、登記権利者たる受遺者と登記義務者たる相続人又は遺言執行者との共同申請によるべきであるから、右登記義務の履行については、遺言の執行を必要とする」として、遺言執行者選任の申立てを却下した原審判を取り消しました。