遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
1 可能です。
東京地裁平成13.6.28判決は、
①遺言執行者が指定されていて、
②遺言の内容が、相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定である場合、
ア つまり、相続人Aには、例えば相続分を2/5とする、というように割合としての相続分を指定し(これが「相続分の指定」です)、
イ その相続分を得させるために、例えば、資産(甲)を相続させる、と具体的な財産を取得させる(これが「遺産分割方法の指定」です)遺言を書いていた場合、
③その遺言は、遺言執行者がいる場合、遺言のとおりにしなければならず、それと異なる内容の遺産分割協議をしても無効である。
④その理由は、民法1013条で、「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。」と定めているからである。
としながらも、
⑤遺言と異なる内容の遺産分割協議は、遺言によって相続したものを、他の相続人に贈与したか、交換したものだと考えれば、民法1013条と抵触するものではない。
⑥これは、私的自治の原則に照らして有効な合意と認めることができる。
と判示し、遺産分割協議の有効性を認めています。
2 この判決は、結論は妥当ですが、理論的な説明には無理があるように思えます。
この判決は、民法1013条の「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。」との規定を根拠に、相続人間で、遺言の内容と矛盾する遺産分割協議は無効だとしましたが、遺言の内容が相続分の指定の場合も遺産分割方法の指定の場合も、その遺言の内容を実現するのに、遺言執行者の遺言の執行を必要としない(このような遺言の場合に遺言執行者ができる行為はかなり限定されていること、本連載コラム「相続139」で解説しています)ものですから、そのような遺言の場合は、遺言内容と矛盾する遺産分割協議をしても、それは遺言の執行を妨げるものではないと端的に言い切った方が理論的であり、実際的であると考えます。
3 実際的という意味
上記の判決によれば、遺言の内容と矛盾する遺産分割協議は無効だが、遺言によってAが相続した財産(甲)を、無効な遺産分割協議によってBに取得させることは、Bが遺言によって相続した財産(乙)をB以外の者に与えているのだから、AやBが取得した財産は「贈与ないし交換的に譲渡する旨の合意をした」ことによるものだというのです。
しかし、このような理論構成をすると、具体的事案では、交換なのか贈与なのかを明確にしなければならず、課税問題も生じますし、不動産登記法上も、真実の取引経過が登記面に反映されないという問題も起こります。
なお、東京地裁平成10.7.31判決(その控訴審の東京高裁平成11.2.17判決も同旨)は、遺言執行者が遺言の内容と異なる遺産分割協議は無効であるとして遺産分割協議の無効確認を求めた事案において、遺言の内容が相続分及び分割方法の指定である場合は、遺産分割協議が遺言執行者の遺言の執行を妨げるものでないのであるから、遺言執行者には遺産分割協議の内容に立ち入る権利も義務もなく、遺言執行者には遺産分割協議の無効を確認する利益は認められない訴えを却下しましたが、この方が理論が明快であると思います。
4 国税庁のホームページより
平成22年7月1日現在の法令・通達等に基づいて作成されたものです。
遺言書の内容と異なる遺産の分割と贈与税
【照会要旨】
被相続人甲は、全遺産を丙(三男)に与える旨(包括遺贈)の公正証書による遺言書を残していましたが、相続人全員で遺言書の内容と異なる遺産の分割協議を行い、その遺産は、乙(甲の妻)が1/2、丙が1/2それぞれ取得しました。この場合、贈与税の課税関係は生じないものと解してよろしいですか。
【回答要旨】
相続人全員の協議で遺言書の内容と異なる遺産の分割をしたということは(仮に放棄の手続きがされていなくても)、包括受遺者である丙が包括遺贈を事実上放棄し(この場合、丙は相続人としての権利・義務は有していま。)、共同相続人間で遺産分割が行われたとみて差し支えありません。したがって、照会の場合には、原則として贈与税の課税は生じないことになります。