遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
1 遺言執行者の権利義務
民法1012条1項は「遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」と規定しています。
しかし、「遺言の執行に必要な一切の行為」をする権利と義務といっても、その内容は具体的には明確ではありません。そのため、遺言執行者の権利を狭く解するか広く解するかによって結論が異なるところから、見解の対立が生じています。本連載コラムでは、実務を支配している見解(判例)を知っていただくという見地から、この問題でも、判例を紹介いたします。
2 特定遺贈
⑴ 特定遺贈の対象になった不動産が、相続人によって相続登記された場合
被相続人が、特定の財産を、遺言によって、第三者に遺贈することはできますが、その被相続人が死亡した場合、遺贈財産を、被相続人の名義のままにしていたのでは、相続人が、相続を原因とする所有権移転登記をしてしまうかもしれません。そうなった場合でも、むろん、特定遺贈の方が優先されますので、相続人への所有権移転登記は無効であり、相続人はその不動産を受遺者に返還しなければならなくなります。
その場合、相続人に対し、相続人への所有権移転登記は無効であると主張できる者は誰でしょうか?
判例(大審院明治43.2.25判決)は、遺言執行者は、受遺者に対し、遺言の執行として、遺贈の目的物の引渡や所有権移転登記手続をする権利・義務があるので、Aに遺贈された不動産が、相続人Bの名義に所有権移転登記手続がなされているときは、Bに対し所有権移転登記の抹消登記手続を請求することができる、と判示しています。
なお、最高裁判所昭和62.4.23判決は、この場合は、遺言執行者だけでなく、受遺者も、Bに対する所有権移転登記の抹消登記手続を請求できるとしています。
⑵ 特定遺贈の対象になった不動産が、まだ被相続人の名義のままである場合
この場合は、受遺者は、その不動産の遺贈を受けその所有者になっています(これを「物権説」といいます)ので、その不動産の所有権移転登記をしてもらわなければなりませんが、その場合、受遺者は、誰に所有権移転登記手続を請求できるのでしょうか?相続人に対してでしょうか?遺言執行者に対してでしょうか?
判例(最高裁判所昭和43.5.31判決)は、この場合は、受遺者は、相続人にではなく、遺言執行者に対して所有権移転登記手続の請求をするべきだと判示しました。
その結果、受遺者への所有権移転登記手続は、遺言執行者と受遺者の共同申請によることになります。
⑶ Aに特定遺贈された不動産を、相続人のBが占有している場合、遺言執行者はその明渡の請求が出来るか?
東京地裁昭和51.5.28判決は、遺言執行者には、所有権移転登記手続だけでなく、遺贈の対象になった財産も、受遺者に引き渡す義務があるので、それができると判示しました。