遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
1 遺贈の意味
民法964条本文は「遺言者は、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができる。」と規定していますので、「遺贈」とは、遺言により遺言者の財産の全部又は一部を無償で他に譲与することと説明されています。
2 相続人への遺贈はありうるのか?
民法9.3条には「相続人中に、被相続人から、遺贈を受け・・・た者があるときは」との文言があることから、相続人への遺贈も当然にある、とされています。
3 相続人への包括遺贈と相続人への相続分の指定はどう違うのか?
包括遺贈とは、遺産の全部又は一定割合の遺贈を言い、相続分の指定とは、遺産の全部又一定割合を相続させることを言い、相続人が遺産の全部又は一定割合を取得する点では効果は同じです。
4 相続人への特定遺贈と、相続人への遺産分割方法の指定はどう違うのか?
特定遺贈は、遺産の中の特定のものを相続人に与えることを言い、遺産分割方法の指定は、遺産の中の特定のものを相続人に取得させることを言うのですから、これも特定の遺産を相続人に取得させる点で、効果は同じです。
5 遺贈より相続分の指定又は遺産分割方法の指定の方が有利
「遺贈」を原因に不動産につき所有権移転登記をしますと、不動産の価額の1000の25に相当する登録免許税がかかります。
しかし、相続分の指定を受け、共同相続人間で遺産分割協議をして特定の遺産を取得した場合、又は遺産分割方法の指定によって特定の不動産を取得した場合は、「相続」又は「遺産分割」を原因として所有権移転登記をすることになり、その場合の登録免許税は不動産の価額の1000分の6になります。
ですから、遺贈より相続分の指定又は遺産分割方法の指定の方が有利です。
6 「遺贈」を「相続」であると善意に解釈した裁判例
仙台地方裁判所平成9.8.28判決の事案では、遺言には「遺贈する」と書いてあっても、遺言の解釈にあたっては、文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探究すべきものである。この件の遺言者は、全財産を長男甲に取得させるために、「包括して遺贈する」という言葉を使っただけであり、遺贈と相続の違いについて特別認識していたわけではない。遺贈登記と相続登記によって登録免許税の額に差異が生ずるとするならば、遺言書の文言如何にかかわりなく、相続人たる甲に有利な方法を選択したものと推認することができる。したがって、遺言者の真意は、「包括して遺贈する」というものではなく「相続させる」というものである。したがって、法務局が、相続登記の申請を却下した行為は違法であるので、取り消す、と判示しました。
7 文例
⑴ 特定遺贈(一般)
遺言者は,遺言者の所有する下記土地を,遺言者の甥○○○○(生年月日)に遺贈する。
〈土地の表示〉
⑵ 特定遺贈(持分の遺贈)
遺言者は,遺言者の所有する次の土地及び建物を,遺言者の内縁の妻○○○○(生年月日)〈住所〉及び事実上の養子○○○○(生年月日)〈住所〉の両名に,各弐分の壱の割合により遺贈する。
〈土地,建物の表示〉
⑶ 包括遺贈(全部の包括遺贈)
遺言者は,遺言者の有する財産の全部を,遺言者の内縁の妻○○○○(生年月日)〈住所〉に包括して遺贈する。
⑷ 包括遺贈(一部の包括遺贈)
遺言者は,遺言者の有する財産の3/4を,遺言者の内縁の妻○○○○(生年月日)〈住所〉に、また1/4を、事実上の養子○○○○(生年月日)〈住所〉に包括して遺贈する。
8 注意点
⑴ 包括遺贈の場合、同じ割合だけ、受遺者は、遺言者の債務を承継することになります。民法990条で「包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する。」と規定しているからです。したがって、7の⑶の場合、遺言者の内縁の妻は、遺言者の全債務を承継します。⑵の場合は、内縁の妻が遺言者の債務の3/4を、また事実上の甥が遺言者の債務の1/4を承継することになります。