遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
1 問題
遺留分権利者が遺留分の侵害を受けたことにより、遺留分侵害の原因になった遺贈の受遺者に対し、あるいは、贈与の受贈者に対し、受遺財産、あるいは受贈財産の中から、遺留分を満たすだけの財産を取り戻したいと思っても、受遺者、受贈者が、遺贈財産、贈与財産を処分していたら、どうすれば良いのでしょうか?
注意:このケースは遺留分減殺請求をする前に財産が第三者に譲渡されている場合です。
2 原則は、価額による弁償を請求する。
民法1040条1項本文は「減殺を受けるべき受贈者が贈与の目的を他人に譲り渡したときは、遺留分権利者にその価額を弁償しなければならない。」と規定していますので、遺留分権利者は、価額による弁償、つまり金銭の請求をすることになります。
この規定は、遺留分の侵害行為である「遺贈」と「贈与」のうちの「贈与」についてしか定めていませんが、「遺贈」についても適用(類推適用)されます(最高裁昭和57.3.4判決)。遺贈と贈与とで異なる扱いをする合理的理由がないからです。
この規定は、遺留分権利者が遺留分減殺請求をするよりも前に受遺者が遺贈の目的を第三者に譲渡した場合に、遺留分権利者が受遺者に対してその価額の弁償を請求できる規定です(最高裁平成10.3.10判決)。
なお、ここでいう「遺贈」には、相続分の指定も含みます。また「相続させる」旨を書いた遺言も含みます(最高裁平成11.12.16判決)。
3 受遺者や受贈者が、弁償能力がない場合は?
民法1037条は「減殺を受けるべき受贈者の無資力によって生じた損失は、遺留分権利者の負担に帰する。」と規定していますので、遺留分の侵害があり、遺留分権利者が遺留分減殺請求をしても、相手方となる受遺者や受贈者が無資力者になっていた場合は、次の例外の場合を除いては、あきらめる外はありません。
なお、この規定も、「受遺者」については触れていません。しかし、通説は、2で述べた民法1040条1項本文と同じく、「受遺者」について類推適用を認めています。
4 例外(受遺者、受贈者からの悪意の取得者)
受遺者、受贈者が、遺贈財産、贈与財産を第三者に譲渡したとき、譲受人である第三者が、自分が、その財産の譲渡を受けると、遺留分権利者の権利が侵害されることを知っていて、そのものの譲渡を受けていたとき(この者を「悪意の取得者」といいます)は、遺留分権利者は、その第三者に対して、その財産の返還を請求することができます(民法1040条1項ただし書き「ただし、譲受人が譲渡の時において遺留分権利者に損害を加えることを知っていたときは、遺留分権利者は、これに対しても減殺を請求することができる。」)。
この規定の実務的な意味は、遺留分を侵害する遺贈等を受けた者がその財産を事情を知った身内の者に譲渡して、遺留分権利者からの追究から逃れようとする場合に、遺留分権利者はなお、受遺者などの譲渡先の身内の者にも遺留分の回復を追究できるということです。
5 発展問題
もし受遺者、受贈者が、遺贈財産、贈与財産を処分したのが、遺留分権利者から、遺留分減殺請求を受けた後だとどうでしょうか?
その場合は、民法1040条に基づく価額の弁償の請求は出来ませんが、受遺者、受贈者が、遺留分減殺請求を受けたことにより、その財産の全部又は一部(一部の場合は全遺贈財産又は全受贈財産についての共有持分)が遺留分権利者の物になっているのですから、これを含む全遺贈財産又は全贈与財産を第三者に譲渡することは、遺留分権利者の権利を侵害したことになって不法行為を構成しますので、遺留分権利者は、受遺者、受贈者に対し損害賠償の請求ができることになります(大阪高裁昭和49.9.28判決、神戸地裁平成3.10.23判決)。また、受遺者などからの譲受人が悪意の場合は、その者も損害賠償義務を負うことになります。