遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
1 順序の原則
遺留分が侵害されたとき、侵害された相続人は、被相続人から生前「贈与」を受けていた者と、遺言により財産の「遺贈」を受けた者に対し、遺留分減殺請求をすることができますが、それには順序があります。
順序の原則は、
⑴ 遺贈から先に減殺し、贈与は後で減殺する(民法1033条)。
⑵ 遺贈は、その目的の価額の割合に応じて減殺する(民法1034条)。それは、遺贈の効力が生ずるのが遺言者(被相続人)の死亡のときですから、複数の相続人に遺贈をしている場合、遺贈の順序は同じということになりますので、減殺は遺贈財産の割合をもってすることにしたのです。
ただし、遺言者が「長女が遺留分減殺請求をしてきたときは、長男に遺贈した物から先に減殺する。」というように、遺贈の減殺について順番をつけておれば、それに従うことになります(民法1034条ただし書き)。
⑶ 贈与は、贈与をした時期が異なる場合、後の贈与(死亡時期に近い方の贈与)から順次前の贈与に対して減殺することになります(民法1035条)。
⑷ 贈与の場合でも、同時に複数の相続人に贈与をすることもありますが、同時の贈与の場合は、⑵に準じて(民法1034条の類推適用)、その目的の価額の割合に応じて減殺すると解されています。
2 贈与から先に減殺すべしという遺言は有効か?
民法1033条は「贈与は、遺贈を減殺した後でなければ、減殺することができない。」と規定していますので、これが強行規定(公益にかかる規定なので、当事者の意思で変更できない規定)だとすると、遺言で、その条文の内容を変更することはできないことになりますが、高松高裁昭和53.9.6決定は、この規定は強行規定だとしていますので、遺贈があるのに贈与から先に減殺すべしとに遺言は無効ということになります。
思うに、贈与は相続人への贈与に限られているわけではなく、第三者への贈与も含みますし、いったん贈与がなされた場合、受贈者はそれが減殺の対象になって遺留分権者に返還することまで予測することは稀でしょうから、遺贈より先に贈与を減殺することは許されない、したがって、民法1033条は強行規定と解すべきでしょう。
贈与の順番を定めた民法1035条も強行規定とされていますので、その順番を変える遺言も無効になると解されています。
3 減殺の対象である「遺贈」には「相続分の指定」も「遺産分割方法の指定」も含まれる
減殺の対象になる「遺贈」は、いうまでもなく、残った財産を共同相続人で分け合ったときに遺留分が侵害される結果になる相続財産の逸出を意味しますので、「遺贈」には「相続分の指定」も「遺産分割方法の指定」も含まれます(最高裁平成3.4.19判決・最高裁平成8.1.26判決)。
4 死因贈与はどうか?
死因贈与とは、被相続人と受贈者が、被相続人の生前、被相続人の死亡時に一定の財産を贈与する契約ですから、被相続人が亡くなった時に、財産が受贈者に移転しますので、効果は遺贈と同じです。そのため、死因贈与を遺贈に準じて扱う見解(東京家裁昭和47.7.28審判)もありますが、近時、死因贈与を遺贈より贈与に近いものとして扱い、減殺の順序では、遺贈を1位、死因贈与を2位、贈与を3位とする見解(東京高裁被相続人12.3.8判決)も出ています。
参照:
民法1033条
贈与は、遺贈を減殺した後でなければ、減殺することができない。
民法1034条
遺贈は、その目的の価額の割合に応じて減殺する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
民法1035条
贈与の減殺は、後の贈与から順次前の贈与に対してする。