遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
1 前提
ア 夫(被相続人)が死亡する3年前、長男に自宅購入資金として3000万円を贈与
イ 夫が死亡する半年前に、甥と姪に留学費用と結婚費用として合計1000万円を贈与
ウ 夫が死亡した。
エ 相続人は妻と長男と長女の3人であった。
オ その法定相続分は、妻が1/2、長男が1/4,長女が1/4である。
カ 相続開始時の財産は1億円であった。しかし負債(相続債務)が2000万円あった。この相続債務は、相続人が法定相続分で負担するので、妻が1000万円、長男と長女が500万円を相続することになる。
キ 遺留分(割合)は法定相続分の1/2
ク 夫は「長男に7000万円を、長女には15000万円を、妻には1500万円をそれぞれ相続させる。」との遺言を残していた。
2 遺留分算定の基礎となる財産額
被相続人が相続開始の時に有していた財産全体の価額1億円(a)+贈与した財産の価額4000万円(b)-債務の全額2000万円(c)=遺留分算定の基礎となる財産額1億2000万円(d)
注意:(b)の贈与について。
相続人以外の第三者への贈与は相続開始前1年以内のものに限られるが、相続人への贈与には時間的制限はないので、この例では、長男への贈与、甥・姪への贈与合計4000万円が遺留分算定の基礎となる財産額に含まれる。
3 遺留分の額
⑴ 妻の遺留分額
遺留分算定の基礎となる財産額1億2000万円(d)×遺留分の割合1/2×法定相続分1/2-特別受益財産を得ているときはその価額0(g)=遺留分の額3000万円
⑵ 長男の遺留分額
遺留分算定の基礎となる財産額1億2000万円(d)×遺留分の割合1/2×法定相続分1/4-特別受益財産を得ているときはその価額3000万円(g)=遺留分の額0(h 計算上は-になるがここでは0)
⑶ 長女の遺留分額
遺留分算定の基礎となる財産額1億2000万円(d)×遺留分の割合1/2×法定相続分1/4-特別受益財産を得ているときはその価額0(g)=遺留分の額1500万円(h)
注意:(g)の「特別受益財産」の中には「相続によって得た財産」は含まれません。「相続によって得た財産」は3の遺留分侵害額の計算の際に引かれることになります。したがって、ここでは「特別受益財産」は贈与された財産のみになります。
3 遺留分の侵害額について
⑴ 妻の遺留分侵害の額
遺留分の額(h)3000万円-相続によって得た財産1500万円(i)+負担すべき相続債務の額1000万円=遺留分の侵害額(k)2500万円
⑵ 長女の遺留分侵害の額
遺留分の額(h)1500万円-相続によって得た財産1500万円(i)+負担すべき相続債務の額500万円=遺留分の侵害額(k)500万円
4 遺留分が回復された場合の結果
⑴ 妻の遺留分が回復された場合
相続によって得た1500万円+遺留分侵害額2500万円=4000万円が確保できます。
しかし、一方で相続債務1000万円を負担します。
⑵ 長女の遺留分が回復した場合
相続によって得た1500万円+遺留分侵害額500万円=2000万円が確保できます。
しかし、一方で相続債務500万円を負担します。
⑶ 長男の得た財産
相続財産からは、相続で得た7000万円-妻(長男の母)への遺留分返還額2500万円-長女への返還額500万円=4000万円が確保できますが、生前3000万円の贈与を受けていますので、合計すると7000万円を被相続人から得たことになります。
しかし、一方で相続債務500万円を負担します。