遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
1 財産の評価
遺留分が、遺留分算定の基礎となる被相続人の財産、すなわち、①相続開始の時において有した財産の価額に②その贈与した財産の価額を加えた額から③債務の全額を控除した価額を基礎として、一定の計算式で算出するものであることは、これまでのコラムで説明したところですが、ここから、遺留分の額の評価は、つまるところ、①②③の評価、すなわち財産の評価によって決まることが分かります。
2 評価の基準
財産の評価は、客観的な基準でなされます。被相続人の主観的評価は、とくに遺留分の算定にあたっては無意味です。それは、遺留分が、遺言によっても奪うことが出来ない最低限度の相続分を保証する制度だからです。
客観的な基準では100万円でしかない遺産を、被相続人の主観では1000万円あるとして、特定の相続人に与え、「だからお前の遺留分は侵害していない。」などと言われたのでは、遺留分権利者は救われません。
3 交換価値(取引価値)
客観的評価とは、交換価値を意味します。
⑴ 債権
相続財産の中に友人に貸した100万円があります。100万円の現金もあります。
この債権と現金は同じ価値でしょうか?
友人に返済能力がなければ、債権の価値は0でしかありません。現金は100万円の価値を有します。このように債権と現金を並べて比較しますと、資産の価値の違いがよく分かるはずです。
債権も、取引価格による評価でなされます。実際にその債権を売却することは困難ですので、担保の有無、債務者の資力などが考慮され一定の評価額で評価されることになります。
⑵ 農地は、宅地への転用の可能性が高い場合は、時価方式で評価されるのが相当であり、現に農耕地であり、宅地として転用される見込みが低い場合は、その農地の粗収入から生産費、公租公課を差し引いた純益を期待利回り(民事法定利率年5分)を除して(割り算して)資本還元した金額とする方式が相当とされた事例(大分家裁中津支部昭和51.4.20審判)があります。例えば、純利益が10万円の農地は10÷0.05=200万円になる、という計算です。
⑶ 倉庫の中にある商品など事業用の集合財産は、1つの集合体として、収益価値により評価すべきであるとされています。
⑷ 条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利
これらは、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って、その価格を定める(民法1029条2項)とされています。
⑸ 担保に供されている不動産
その取引価格から被担保債務の額を差し引いた金額。ただし、被担保債務が既に遺留分算定の基礎財産から差し引かれている場合は、二重に引く必要はありません。
⑹ 抵当権や根抵当権の担保物権
これらも財産ですが、被担保債権が既に相続財産として評価されてる場合は、二重に評価できません。
⑺ 現金
最高裁昭和51.3.18判決は、贈与財産が金銭であるときは、その贈与の時の金額を相続開始の時の貨幣価値に換算した価額をもつて評価すべきものと解するのが相当である、と判示しました。
4 基準時
遺留分の額の算定基準日はいつにすれば良いのでしょうか?
最高裁昭和51.8.30は、遺留分権利者からの請求に対し、受遺者が価額弁償を申し出た件で、価額弁償における価額算定の基準時は、現実に弁済されるときである。しかし、訴訟をしている場合現実に価額弁償をすることが期待できないので、事実審の口頭弁論終結の時である、と判示していました。最高裁平成10.3.10判決は、受遺者が遺留分権利者より遺留分減殺請求を受ける前に、遺贈の目的を他人に譲り渡していた場合には、原則として、その処分額が客観的に相当と認められるものであった場合には、その額を基準とすべきものと判示しました。
これらのことから、遺留分の額の基準日は、遺留分の権利を行使した時点であることが分かります。