遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
1 「贈与した財産の価額」も遺留分算定の基礎財産の1つ
民法1029条1項は、「遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定する。」と規定していますので、被相続人が生前、相続人や第三者に「贈与した財産の価額」も遺留分算定の基礎となる財産に含まれます。
2 贈与財産についての制約
ただし、民法1030条は「贈与は、相続開始前の1年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、1年前の日より前にしたものについても、同様とする。」と規定しています。
3 相続人への贈与は、相続開始の1年前の日より前にしたものについても、ここでいう「贈与」に含まれる。
最高裁平成10.3.24判決は、「相続人に対する贈与は、・・・減殺請求を認めることが右相続人に酷であるなどの特段の事情のない限り、民法1030条の定める要件を満たさないものであっても、遺留分減殺の対象となるものと解するのが相当である」と判示しました。これは、特別受益になる民法903条1項の相続人への贈与には時期的制限がないこと、民法903条は遺留分について準用されていること(民法1044条)、それと相続人間の公平をはかることが根拠になったものです。
4 相続開始前の1年前の日より前にした第三者への贈与は、原則として、遺留分算定の基礎財産には含まれない
これは、3の説明で明らかでしょう。
5 しかし、贈与契約の当事者双方が、遺留分権利者に損害を加えることを知って、贈与したときは、相続開始前の1年前の日より前にした第三者への贈与でも、遺留分算定の基礎に含まれる
例えば、妻子もちの男(夫)が、①将来において資産の形成をする能力が十分でないことを知りながら、②資産価値の半分を越える財産を愛人に贈与したような場合で、愛人が①も②も知って贈与を受けたような場合は、その贈与財産を遺留分算定の基礎財産に含め、妻子の遺留分を算出し、妻子から、愛人に対し、遺留分減殺請求が出来ることになるということです。
6 贈与の拡張的解釈
ここでいう「贈与」は、無償で相続人又は第三者に利益を与え、そのため遺留分権利者の権利を侵害する行為を意味しますので、厳密な意味の贈与だけでなく、寄付行為、無償の信託による利益供与、無償の債務免除も「贈与」に含まれるとされています。むろん、ここで言う贈与は、民法903条で言う「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与」に限定されるものではありません。
ただし、相続開始前の1年前の日より前にした第三者への贈与が遺留分算定の基礎財産になるのは、贈与契約当事者の双方がその贈与が遺留分権利者に損害を加えることを知っていた場合に限りますので、契約とは言えない、これら寄付行為等については、相続開始前の1年前の日より前にした贈与には含まれないことになります。
なお、儀礼的な贈与は含まれません。
7 持戻し免除の意思表示は無関係
遺留分算定の基礎財産の内容となる贈与については、持戻し免除の意思表示の有無とは無関係ですから、これを考慮する必要はありません(大阪高裁平成11.6.8判決)。
もし、持戻し免除の対象になった贈与が、遺留分算定の基礎財産に含まれないことになりますと、遺言者の意思で奪うことのできないはずの遺留分が、持戻し免除という遺言者の意思で奪われる結果になるからです。
8 死亡生命保険金の算入については?
死亡保険金は、相続財産ではなく、特別受益でもない、というのが判例(最高裁平成16.10.29判決)ですが、保険金受取人である相続人とその他の相続人との間に生ずる不公平が、特別受益制度の趣旨に照らし到底是認できないほどに著しいと評価すべき特段の事情があるときは、持戻しの対象になる(同最高裁判決)とされますので、そのような場合で、持戻しの対象になる金額については、ここでいう「贈与」とみられる可能性がでてくるものと思われます。もっとも、現在までのところ、判例(最高裁平成14.11.5判決)は、死亡保険金は相続財産ではなく、また遺留分算定の基礎になる財産である遺贈、贈与ではない、としています。なお、学説の多数説は、生命保険金は遺留分算定の基礎になる財産に含ませるべしとの見解です。
9 死亡退職金、遺族年金
死亡退職金を、相続人間の公平性を確保するため、遺留分算定の基礎財産に算入させるべきとする説はありますが、これは受給者固有の権利だとする判例(最高裁昭和55.11.27判決)もあり、多数説は、否定しています。遺族年金については、特別受益とすべきではないとする東京高裁昭和55.9.10決定があります。
10 不相当な対価による有償行為
贈与は、対価を得ないで、つまりは無償で財産を譲渡することですが、例えば1000万円の価値のある財産を500万円で譲渡した場合、これは贈与とみるべきではないかとの疑問が生じます。この疑問に応えたのが、民法1039条です。同条は「不相当な対価をもってした有償行為は、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってしたものに限り、これを贈与とみなす。この場合において、遺留分権利者がその減殺を請求するときは、その対価を償還しなければならない。」と定めているのです。