遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
「相続 51」で説明しましたが、遺贈分や生前贈与分を持戻した場合と、そうでない場合とでは、各相続人の具体的相続分、したがって各相続人の最終の取得分が違ってきます。
遺贈を受けた相続人や、生前贈与を受けている相続人の場合、その持戻しが免除されると断然有利です。
では、被相続人がどのような意思表示をしたときに、持戻しの免除の意思表示があったとされるのでしょうか?
1 生前贈与の場合
持戻し免除の意思表示は、時期、その方式に制限はなく、明示の意思表示でなく、黙示の意思表示によるものでもよいとされています。
審判例では、被相続人が「黙示の意思表示」で持戻しの免除をした、と認定された事例が結構あるようです。黙示の意思表示とは、被相続人の態度を見れば、持戻しを免除する意思があったはずだ、と言える場合です。裁判例としては、以下のものがあります。
福岡高裁昭和45.7.31決定は、三男が被相続人と同居をして農耕に従事していた上に、日付の記載がないために無効になった遺言書には三男に全財産を譲渡するとの旨の記載があるので、被相続人が三男に法定相続分を超える農地の贈与をしていたことについては持戻し免除の意思表示があったとしています。
那覇家庭裁判所昭和48.11.20審判は、長男が、被相続人の土地の上に家を建て使用貸借の権利を取得した(これも無償の権利の取得になるので「贈与」になる)が、これは、長男がその建物の一部に被相続人を住まわせ、生活の面倒をみるためであったので、その「使用貸借権の設定」については持戻し免除の意思表示があったと認定しています。
東京高等裁判所昭和57.3.16決定は、夫が家を建てる際、被相続人(妻)が建築資金の一部を贈与したが、妻はその家に夫と共に住み、主として夫の収入で生活を維持してきた関係があるので、妻が夫に贈与した建築資金については持戻し免除の意思表示があったと認定しています。
鳥取家庭裁判所被相続人5.3.10審判は、被相続人が同居していた二男に不動産購入資金を贈与したのは、復員してきた長男のために次男が家を出て行かざるを得なくなったため、申し訳ないという気持ちからしたものであるから、その贈与分については持戻し免除の黙示の意思表示があった、と認定しています。
生前贈与については、たんなる「相続分の前渡し」ではなく、被相続人にもそれをするだけの事情があったとされれば、意外と持戻し免除の意思表示あったとの認定がなされているのではないかと思われます。
2 遺贈
遺贈は、その行為自体が遺言によってなされますので、その持戻し免除の意思表示も遺言でなされなければならない、とされています。
参照条文
民法903条(特別受益者の相続分)
1項は、具体的相続分の計算方法に関する規定
2項は、超過特別受益者に関する規定
3項は「被相続人が前2項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思表示は、遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を有する」は持戻し免除の意思表示に関する規定